[M&A戦略と会計・税務・財務]

2019年8月号 298号

(2019/07/16)

第146回 反対株主の株式買取請求に係る会計処理と留意点

菅原 憲男(PwCアドバイザリー合同会社 シニアマネージャー)
竹嶋 斎(PwCアドバイザリー合同会社 マネージャー)
  • A,B,EXコース
1. はじめに

 「そういうことならなんでもっと早く言ってくれなかったのか。事前にわかっていたのではないか」

 冒頭から至極恐縮であるが、非常に耳が痛い日本語である。コンサルタントとしてはできるだけ聞きたくない言葉ではあるのだが、難しい案件であるほど聞く確率の高い言葉であることには違いない。筆者らは、日ごろM&A・事業再生の現場で多くの企業を支援させていただいているが、その際の重要な観点の一つとして、ステークホルダー(株主、取引先、金融機関、経営陣等)に対して上記のようなサプライズを生じさせないということがある。彼らは把握しているリスクの発生自体は恐れない、むしろ想定していないリスクの顕在化を恐れるのである。そのため、筆者らはできる限りのリスクを事前にステークホルダーに説明を尽くすことを心掛ける。

 前置きが長くなったが、今回紹介する反対株主の株式買取請求に係る会計処理等が上記でいうリスクの一例なのである。

 反対株主の株式買取請求と聞いて、ピンとくる読者はどれほどいるだろうか。概要については後述するが、一言でいえば、「会社が一定の法的行為(組織再編行為等)を行った際に、それに反対する株主が、会社に対して自身が保有する株式を買取ることを請求する行為」である。実は、この反対株主の株式買取請求の権利については、会社法の施行・改正が進むにつれて整理が進んだことで権利が明確化され、行使される場面が多くなった。それに伴い多くの実務上の論点(「公表後取得株主」、「公正な価格」等)が生じている現実がある。これらの問題に関しては、多くの先行研究等があり文献等を通して一定の情報収集が可能であるものの、その多くは反対株主の株式買取請求の権利を有する株主側に対して行われており、権利行使される会社側の議論は少ない。さらに、その会計処理において明文化された規定もない。

 そのような背景から、本稿では反対株主の株式買取請求権を行使された会社側の会計処理等を紹介する。今後読者らが反対株主の株式買取請求権に関わった際の一助になれば幸いである。

 なお、文中における意見にわたる部分は、筆者らの個人的な見解に基づくものであることをお断りしておく。また、後述の事例は、筆者らが過去に携わった無数の案件と関連する部分が一部にはあるかもしれないが、読者の理解を促進するために創作された参考事例である。


2. 反対株主の株式買取請求とは

 反対株主の株式買取請求とは、株主の投下資本回収手段の確保を趣旨として、会社が一定の法的行為(合併・株式交換等の組織再編行為の他、株式併合・定款変更等を含む)を行った際に、当行為を承認する株主総会に先んじて反対通知を行い、且つ当株主総会当日の議場において反対の意を示した株主(これを、反対株主という)に対して認められる権利である(注1)。これにより、反対株主は、会社に対して自身が保有する株式を売却することができる(ただし、効力発生日の20日前から前日までの間に会社に対してその旨の請求が必要(注1))。売却の価格については、反対株主と会社との協議に委ねられるが、協議が折り合わない場合には、裁判所に対して価格決定の申し立てを行う流れとなる。

 詳しい法的な手続要件については他の専門家の方々の論文等に譲ることにするが、後述する会計処理等の留意点を整理するにあたっては、手続きの時系列の理解は必須であり、以下にて簡単に整理する(一般的な合併のケースを想定)。ここで特に理解いただきたいのは、合併等の効力発生日の段階では、反対株主から会社に対しては、買取の請求しかしておらず、買取条件の協議・決定、および具体的な代金の支払いについては、組織再編行為の効力発生日以降の手続きとなる点である。

この記事は、Aコース会員、Bコース会員、EXコース会員限定です

マールオンライン会員の方はログインして下さい。ご登録がまだの方は会員登録して下さい。

バックナンバー

おすすめ記事

スキルアップ講座 M&A用語 マールオンライン コンテンツ一覧 MARR Online 活用ガイド

アクセスランキング