[M&A戦略と法務]

2024年4月号 354号

(2024/03/11)

倒産局面におけるM&A

-破産会社からの事業譲受けとその留意点を中心に-

波里 好彦(TMI総合法律事務所 パートナー 弁護士)
吉原 秀(同 弁護士)
  • A,B,EXコース
第1 はじめに
-倒産局面におけるM&Aの特徴とバイサイド(買主)において必須の視点-


 新型コロナウイルス感染症の流行も徐々に収束の兆しを見せる中、企業の倒産件数は増加傾向をたどっており、2023年における企業の倒産原因の大半は、販売不振や売掛金回収難を含めた「不況」のようである(注1)。このような状況の中で、財務状況の悪化した企業やその経営者が、その事業をなんとか存続させようとすれば、その検討過程で選択肢に挙がる筆頭がM&A(買収)であり、具体的には、スポンサー(バイサイド)への事業譲渡ないし会社分割である。

 さて、倒産寸前あるいはその一歩手前といった企業や民事再生手続を開始した企業の事業について、「倒産するような企業の事業であるからM&Aを検討する余地もない」などと即座に決めてしまってよいだろうか。例えば、複数の事業を営む企業において、ある事業部門の収支を単体でみれば黒字であるが、赤字部門の影響ゆえに企業全体の財務状況が逼迫している例も少なくないし、経常利益ベースでは赤字の事業であっても、当該事業を譲り受けて内製化することによってバイサイドにおいてコストカットを実現することができたり、あるいは、当該事業を譲り受けることによって商圏やノウハウを獲得したり、シナジー効果によってバイサイドの事業価値の増加につながる可能性も十分に考えられるからである。特に、民事再生手続下にある企業については、破産と比べて事業価値の毀損が小さいことに加え、管財人の関与がないなど、当該企業とスポンサー(バイサイド)の意向をベースとして手続を進めやすいケースも少なくない。

 後述するとおり、倒産局面のM&Aにおいてはバイサイドが相対的に優位に立つのが通常であるから、それにもかかわらず、バイサイドにとって魅力的な事業を買収する好機を逃すことがないよう、企業の倒産に関する情報に日ごろから目を配りつつ、倒産局面のM&Aの特徴や倒産手続に関する基本的な知見を踏まえた視座を備えておくことも肝要であろう。

 財務状況が芳しくない企業(対象会社)の側に目線を戻すと、私的整理(注2)による債務整理を経て、譲渡可能な事業をスポンサー(バイサイド)へ譲渡して、その事業譲渡代金をもって金融機関からの借入金を返済しつつ、特別清算手続等を用いて会社を清算する(注3)ことを目指す事例も少なくないが、金融機関との調整がうまくいかないなどの理由から、私的整理による債務整理が困難となり、事業譲渡に近接した時点で、破産手続に移行するほかない事態となることも稀ではない。

 そのため、バイサイドとしては、対象会社が破産手続に移行する事態をも見据えて、当該企業から魅力的な事業のみを買収することを検討することが必須であり、清算型の倒産手続に関する基本的な知識・知見も必要となろう。

 そこで、本稿では、本節において倒産局面におけるM&Aの特徴(平時のM&Aとの主な違い)を整理した上で、紙幅の都合上、破産(しそうな)会社(対象会社)からの事業譲受けを念頭に置いて論を進めることとし、次節以降では、スポンサー(バイサイド)としての基本的な視点の提供を目指すこととしたい。

 さて、倒産局面のM&Aの一般的な特徴を挙げれば、大要、以下の2点に集約される(注4)。
(a)事業毀損リスクへ配慮する必要があり、それゆえに時間的制約も厳しいこと
 対象会社は倒産局面にあるため、事業価値の維持(=信用力低下リスクの回避)、従業員や顧客の離散防止、資金繰り確保などの様々な要請ゆえに契約締結からクロージングまでの時間が限られていることが多い。
(b)バイサイドが相対的に優位にあること
 対象会社は、スポンサー(バイサイド)への事業譲渡に失敗すれば、破産(廃業)せざるを得ないという追い込まれた状況にあるから、交渉過程において、バイサイドが相対的に優位となるのが一般的である。
 スポンサー(バイサイド)にとっては、上記の特徴ゆえに、短期間に、平時のM&Aに比べて好条件で、対象会社の事業を買収することが可能になる点が倒産局面のM&Aの大きなメリットであり、このメリットを享受するためにも、次節以降の視座は必須となろう。

第2 バイサイドから見た実践的な手続選択

1 手続選択の基本
-事業譲渡と破産手続開始決定の先後関係を踏まえて-


 対象会社が破産申立てを行う場合、


■筆者プロフィール■

波里氏

波里 好彦(はり・よしひこ)
TMI総合法律事務所パートナー弁護士。中小企業から上場企業に至るまで、幅広い業種における数多くの倒産手続(破産、特別清算、民事再生、会社更生、事業再生ADR、中小企業活性化協議会等)の申立案件等に従事。また、会社や医療法人等のM&A案件にも多数関与する。弁護士登録2002年。

吉原氏

吉原 秀(よしはら・まさる)
TMI総合法律事務所アソシエイト弁護士。中小企業から上場企業を含み、多様なスキームのM&A案件に従事。また、幅広い業種の倒産事件(破産申立代理人、破産管財人・管財人代理、民事再生申立代理人・監督委員補助、私的整理、スポンサー代理人等)にも従事する(そのほか、訴訟、競争法分野にも精通)。弁護士登録2017年。

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