[【小説】グローバル経営改革 ~ある経営企画部次長の悩み深き日々]

2020年5月号 307号

(2020/04/15)

【小説】グローバル経営改革 ~ある経営企画部次長の悩み深き日々(第11回)

第2章「本社組織の改革編」 第5話「“コーポレート”と“スタッフ”」

伊藤 爵宏(デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー)

【登場人物】

サクラ電機株式会社 本社 経営企画部 部長
堀越 一郎
サクラ電機株式会社 本社 経営企画部 次長
木村 遼太
サクラ電機株式会社 本社 経営企画部 スタッフ
山本 朝子
サクラ電機株式会社 本社 品質統括部 部長
渡辺 隆一
サクラ電機株式会社 本社 経理部 部長
松田 駿
サクラ電機株式会社 本社 経理部 改革推進担当(木村の同期)
篠山 雄大
(前回までのあらすじ)

 サクラ電機 本社経営企画部の次長である木村 遼太は、事業への権限委譲が進む一方で肥大化を続ける本社部門の改革を進めることになった。
 本社の各部門から思うような回答を得られなかった木村は、改革を抜本的に推し進めるためのアイディアを求めて、経理部にいる同期の篠山と非公式にディスカッションしていた。
 これは、あるコーポレートの経営企画部次長が、様々なコーポレートアジェンダに携わり、そして経営と現場の間で葛藤しながら、自社におけるグローバル経営の在り方を模索するストーリーである。



3つの機能

 木村は、本社のとある会議室で、同期の篠山がホワイトボードの前に立つのを眺めていた。篠山は、癖のある字で図をホワイトボードに書きなぐっている。
 篠山は、図を一通り書き終わると、木村の方を振り返って言った。
 「これは、この前参加したセミナーであるコンサルタントが示していた図なんだ」
 木村は、篠山が書いた図を眺める。3つの丸が三角形に並んだシンプルな図だ。

篠山がホワイトボードに書いた図

 「この図は、企業における役割・機能を俯瞰的に表している。そして、同時にうちの会社における問題点を示していると思うんだ」
 篠山は、自分が考えたものであるかのように、得意げに図を説明する。
 「たしかにシンプルで分かりやすい図ではあるな。だけど、うちの会社の問題点を示しているというのはどういう意味だ?」
 木村は率直に疑問を口にした。
 篠山が「よく聞いてくれた」とばかりに説明を始めた。

篠山の目論見

 「図の通り、企業の組織には、コーポレート、スタッフ、事業ラインの3種類の機能がある。まず、事業ラインの部分だけど、ここはうちの会社でいうところの事業本部だな。開発・調達・製造・販売といった、いわゆる事業活動を遂行する機能だ」
 「うん、そうだな。それはよく分かる」
 木村は先を促す。
 「で、問題は残りの部分だ。企業には、事業ラインの他に、中長期的な視点で企業価値の最大化に向けた経営を担うコーポレートと、事業活動を支援するスタッフが存在する。これって、うちの会社でいえばどの組織だ?」
 木村は、篠山が言いたいことが理解できてきた。
 「これは、どちらも本社部門が担っているよな」
 「そういうこと!」
 篠山がパチンと指を鳴らして木村を指さす。
 「うちの会社は、本社部門を強化するだの、効率化するだの色々やっているだろ。だけど、うちの本社部門はコーポレートとスタッフの機能がごちゃ混ぜになっている。コーポレート機能はもちろん強化しなきゃいけない。スタッフ機能は徹底して効率化すべきだ。でも、それらを一緒くたにして議論しているから、いま一つ方向性がクリアにならないんじゃないかと思うんだ。言っちゃ悪いけど、木村がやっている本社組織改革も、今はそうなってしまっているよな」
 篠山はカラカラと笑いながら、さらっと木村にダメ出しをする。木村は少しムッとしたが、篠山が言うことはもっともだと思ったので、反論するのを控えた。
 「つまり、本社を強化するとか効率化するとか言う前に、まずはしっかりと何がコーポレートで、何がスタッフなのかを明確にしないといけない。俺はこのコンセプトに感銘を受けて、上司の松田部長にそう提案したんだ」
 あたかも政治演説のように雄弁に語る篠山だったが、ここまで話すと、突然肩を落とした。
 「だけどな…」
 「だけど、どうした?」
 盛り上がったり落ち込んだり忙しい男だと思いながら木村が訪ねると、篠山は続けた。
 「このコーポレート機能は、経理だけで考えていても成り立たないんだ。むしろ、本当にコーポレート機能を組織化するには、既存の機能の壁を壊さなければならない」
 木村は、篠山が最初に「上手く平仄を合わせたら、お互いぐっと進むんじゃないか」と言っていたのを思い出して言った。
 「なるほど。つまり、本社組織改革という大きな文脈でこの提言を盛り込めば、篠山や松田部長が目論んでいることが実現しやすいということか。そして、それが上手く進めば、改革が停滞して困っている俺にとってもメリットがあるのではないか、と」
 篠山は、木村の言葉にニヤッと笑う。
 「そういうこと。お前のそういう頭の回転が速いところ、好きだぜ」
 「分かった。これからどうやって進めるか、考えあぐねていたところだ。今日もらったアイディアを活用して、うちの堀越部長に提案してみるよ」
 木村は、やや篠山に乗せられている気がしたが、それでも気の置けない同期からの助言に感謝した。
 二人は、「今度は飲みにでも行って話そう」と約束しながら、会議室を後にした。

山本の読み

 篠山との会話を受けて、木村は上司である堀越部長への報告をまとめ始めた。
 まず各本社部門からの回答を集計し、このまま進めても抜本的な本社部門の機能の見直しと人員数のスリム化は見込めないことを示した上で、まずはコーポレート機能とスタッフ機能を明確に分けていくことを提案するという筋書きだ。
 報告書をまとめていると、作業を手伝ってくれている山本がぽつりと言った。
 「このフレームワーク、コンセプトはすごくよく分かるんですけど、“コーポレート機能を分けろ”と各部門に言って、素直に考えてくれるものなんでしょうか…」
 山本は言ってから「なんか私、モノゴトを悲観的な性悪説で考えるようになってきた気がする…」と自己嫌悪に陥っていたが、木村はその指摘は重要だと感じた。
 「たしかに、大まかな考え方だけ示して各部門に検討を委ねたら、同じことを繰り返してしまいそうだな。もっと具体的な方針、言うなれば各部門が考え、それを評価するための“モノサシ”を作らないといけないな」
 木村は、この考えに基づき、経営企画部で「コーポレート機能」の定義を考え、それ以外の「スタッフ機能」をどのように効率化していくかを示すロジックを作成し、その定義に基づいて各部門に検討してもらうようなアプローチをとることにした。

堀越部長の提案

 木村と山本は、取りまとめた資料を基に、上司である堀越部長に対し、本社組織改革の進捗について報告を行った。
 二人から、各部門からの回答内容を聞いた堀越は、目をつぶって眉間を指でつまみながら言った。だいぶ疲れているようだ。
 「そうか、各部門からの回答はこの程度だったか。事業本部の意見があれば自主的に色々と考えるかと思ったが、私の読みが甘かったな」
 木村は、堀越のコメントを受けて、今後のアプローチの提案へと報告を進める。
 「いえ、我々が各部門から十分な回答を引き出せず、申し訳ありません。ただ、このまま進めても抜本的な進捗は見込みにくいことから、アプローチを見直して仕切り直しすべきではないかと考えています」
 堀越は、木村からの切り出しを聞いて、目を開いた。
 「ふむ、どんな見直しを考えている?」
 木村は提案を続けた。
 「はい、各部門が抜本的な見直しをしない大きな要因として、当社の本社組織は、本来強化すべきコーポレート機能と、効率化すべきスタッフ機能が、明確な定義なく混在していることがあるのではないかと考えました」
 木村は、篠山が書いた図を参考にした資料を基に説明を行う。他人のアイディアをあたかも自分で考えたかのように報告していることに少しこそばゆさを感じたが、篠山だってこんなところで名前を出してほしくはあるまいと考えて割り切った。
 「したがって、経営企画部で、当社が強化すべき“コーポレート機能”を明確に定義した上で、各部門にはこれに該当する機能・しない機能を切り分けてもらい、該当しない機能について徹底的な効率化を促していくというアプローチをとってはどうかと考えています」
 木村は、山本とブレストしながら考えた「コーポレート機能の定義」のドラフトを併せて用いながら堀越に説明した。
 堀越は、内容を吟味するように報告資料をじっと見つめている。
 しばらくの沈黙の後、堀越が口を開いた。
 「分かった。各部門に任せていても上手くいかない以上、こちらで明確な“モノサシ”を作ってしまうほうが良いだろう」
 堀越は続ける。
 「だが、真剣に各部門に考えてもらうためには、生半可なものではダメだ。我々経営企画部が独りよがりで定義したものだと思われては意味がない。当社として描く“コーポレート機能”の定義には、相応の権威が必要だ」
 冷静な声で話す堀越だが、その内面に並々ならぬ思いが生まれつつあることを、木村は感じた。その様は、頼もしくも恐ろしくもある。
 「まずもって各部門に機能の在り方を考えさせようとしたこと自体、私自身が“本社組織がどうあるべきか”を真剣に考えることを放棄していたということなのかも知れない。良い機会だ。我々の考える本社組織の“あるべき姿”を社長に報告し、そのお墨付きをもらってから各部門に落とすことにしよう。木村くん、山本さん、ぜひそのつもりで準備を進めてくれ」
 言い終わると、堀越はニヤッと不敵な笑みを浮かべた。
 「社長報告か…」
 木村は、思ったより大ごとになったと少し怖気づいたが、この改革はそれだけの大きなものであると認識し、堀越に返答した。
 「承知致しました。本日の内容をベースに精緻化を進め、社長報告の準備をして参ります」
 出鼻を挫かれた木村たちの本社組織改革だったが、リスタートに向けた火が灯りつつあった。

(次号へ続く)

■筆者プロフィール■
伊藤 爵宏(いとう たかひろ)
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー
製造業を中心に、バイサイドディールにおけるビジネスアドバイザリー、セルサイドディールの構想・実行、PMIにおける統合事務局、グループ子会社の再編構想等、M&A・組織再編全般にアドバイザリー経験を有す。
近年では、日本企業のグローバル経営力強化に向け、グローバル本社・地域統括組織におけるミッション・機能の再定義から組織再編の構想・実行に至る機能・組織変革案件に多数従事している。

バックナンバー

おすすめ記事

スキルアップ講座 M&A用語 マールオンライン コンテンツ一覧 MARR Online 活用ガイド

アクセスランキング