[【小説】グローバル経営改革 ~ある経営企画部次長の悩み深き日々]

2021年5月号 319号

(2021/04/15)

【小説】グローバル経営改革 ~ある経営企画部次長の悩み深き日々(第16回)

第2章「本社組織の改革編」 第10話「プロからの提案」

伊藤 爵宏(デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー)
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【登場人物】

サクラ電機株式会社 社長
鳥居 聡一
サクラ電機株式会社 副社長CFO
竹野内 悠
サクラ電機株式会社 企画担当役員
上山 博之
サクラ電機株式会社 本社 経営企画部 部長
堀越 一郎
サクラ電機株式会社 本社 経営企画部 次長
木村 遼太
サクラ電機株式会社 本社 経営企画部 スタッフ
山本 朝子
サクラ電機株式会社 本社 品質統括部 部長
渡辺 隆一
サクラ電機株式会社 本社 人事総務部 部長
小牧 琢也
サクラ電機株式会社 本社 経理部 部長
松田 駿
サクラ電機株式会社 本社 経理部 改革推進担当(木村の同期)
篠山 雄大
サクラ・マネジメント・サービス株式会社(SMS) 社長
坂田 剛史
エックス・オペレーションズ社(アウトソーシングベンダー)の提案責任者
赤木 憲夫
(前回までのあらすじ)

 サクラ電機 本社経営企画部の次長である木村 遼太は、事業への権限委譲が進む一方で肥大化を続ける本社部門の改革を進めることになった。
 その中で、木村たちは、人事・総務オペレーション子会社であるSMS(サクラ・マネジメント・サービス)の外部化を検討し、これに抵抗する人事総務部を説得するための方法を模索していた。
 これは、あるコーポレートの経営企画部次長が、様々なコーポレートアジェンダに携わり、そして経営と現場の間で葛藤しながら、自社におけるグローバル経営の在り方を模索するストーリーである。

※2020年10月号から休載しておりました「【小説】グローバル経営改革 ~ある経営企画部次長の悩み深き日々」を2021年5月号より再開いたしました。これまでの全15回分はこちらです。



大会議室の風景

 サクラ電機の本社にある大会議室。木村は、その扉の前に立ち止まると、自ら緊張を和らげるようにふっと大きく深呼吸をした。
 木村の後ろには、山本に加え、5人ほどの男女が付き従っている。彼らは、木村が連れてきた外資系のアウトソーシングベンダーであるエックス・オペレーションズ社の社員たちだ。
 SMSの外部化に対して煮え切らない姿勢の人事総務部に対し、木村たちは、社外から具体的な提案をもらうことで、外部化の効果と実現性を納得してもらおうと考えた。そこで、社外に顔が広い同期の篠山から、アウトソーシングベンダーを何社か紹介してもらっていた。
 今日は、そのうちの1社であるエックス・オペレーションズ社が、人事総務部に対して、提案のプレゼンテーションを行う日だ。
 「失礼します」
 木村が大会議室の扉を開けると、長方形に並べられた長机と、片側にずらりと並んだ人事総務部の面々が目に入った。
 全部で20人近くいる社員たちは、机の片側に収まりきらず、椅子が2列になって並んでいる。後列の社員たちは、手狭そうな様子で膝の上に書類を置いている。
 人事総務部の規模を考えると、ほぼ総出というような人数だ。
 「いつものことか…」
 たしかに事前に連絡を受けた通りの人数だ。それに、これまで本社部門とのやり取りを繰り返す中で見慣れたものではある。
 しかし、それでも木村はその光景に違和感を拭いきれなかった。
 彼らは、何かに対して抵抗や抗弁しようとするとき、まるで数は力だと言わんばかりに、大挙して押し寄せる。普段は人手が足りないのだと増員や予算増を要求するくせに、こういうときだけは、どこからともなく大量の人が湧いてくるのだ。
 木村は「相変わらずお暇なんですね」と嫌味を言ってやりたい気持ちをぐっと堪え、頭の中の違和感を振り払った。そして、形だけ笑みを浮かべて挨拶をすると、連れてきたエックス・オペレーションズ社の面々を席へ案内した。

内と外のコントラスト

 会議のセッティングを終えると、木村は山本と並んで会議卓の角の席に座った。
 これは、部門側でもアウトソーシングベンダー側でもない中立的な立場にあることを参加者に示すとともに、会議の趨勢を俯瞰的にとらえて冷静に対応を判断するためだった。
 席についた木村が改めて会議室を見回すと、そこには見事なコントラストが存在していた。
 木村から見て右側の会議卓はエックス・オペレーションズ社の席だ。木村のちょうど対角線上には、赤木と名乗る責任者の男が立っていた。
 赤木は、髪をパリッと整え、光沢のあるスーツに身を包んでいる。控えめな色のソリッドタイが落ち着いた知性を感じさせるとともに、胸元から覗くポケットチーフが自己演出に対するこだわりを主張していた。おそらく会社の中では相応の地位にあるのだろう。この提案に対する、アウトソーシングベンダーの熱意と自信が見て取れた。
 また、その横に控えるスタッフの面々も、赤木ほどの派手さはないが、皆パリッとした風貌で、背筋を伸ばしてラップトップPCや革表紙のノートを構えていた。
 対して会議卓の左側。サクラ電機からの参加者できちんとジャケットを着ている者は、木村と山本の他に誰もいなかった。皆、昼休みの社員食堂かと見まがうようなラフな格好だ。よれよれのカーディガンを、ボタンも留めずに羽織っている者もいる。
 もちろん、今回はこちらが「お客様」だ。世間的にもビジネスカジュアルは進んできている。それに、しがないメーカーであるサクラ電機の社員と外資系企業のエリートたちを比べたら、もらっている給料も違うだろう。
 しかし、それでも社外の人間を迎えた真剣な議論の場に臨むにしては、礼を失する装いに見えた。もしかすると、これこそが本社部門と世間のズレを端的に表しているのではないかと、木村には感じられた。
 「開始時間になりましたが、皆さま、お揃いでしょうか」

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