【登場人物】
- サクラ電機株式会社 社長
鳥居 聡一 - サクラ電機株式会社 副社長CFO
竹野内 悠 - サクラ電機株式会社 企画担当役員
上山 博之 - サクラ電機株式会社 本社 経営企画部 部長
堀越 一郎 - サクラ電機株式会社 本社 経営企画部 次長
木村 遼太 - サクラ電機株式会社 本社 経営企画部 スタッフ
山本 朝子 - サクラ電機株式会社 本社 品質統括部 部長
渡辺 隆一 - サクラ電機株式会社 本社 経理部 部長
松田 駿 - サクラ電機株式会社 本社 経理部 改革推進担当(木村の同期)
篠山 雄大
(前回までのあらすじ)
サクラ電機 本社経営企画部の次長である木村 遼太は、事業への権限委譲が進む一方で肥大化を続ける本社部門の改革を進めることになった。
本社組織の改革のリスタートについて社長に報告した堀越と木村は、大きな方向性への承認を取得したものの、「スタッフ機能」の抜本的な変革について更に検討するよう指示を受けた。
これは、あるコーポレートの経営企画部次長が、様々なコーポレートアジェンダに携わり、そして経営と現場の間で葛藤しながら、自社におけるグローバル経営の在り方を模索するストーリーである。
同期への誘い
木村は、本社オフィスから少し歩いたところにあるイタリアンレストランの席に座って、ある人物を待っていた。木村はグラスの水を一口飲むと、時計に目をやった。
「相変わらず遅刻か...」
このレストランは、社員食堂と比べれば値段は張るが、それでも洒落ていて味も良いことから、本社勤務の社員に人気がある店だ。時刻はまさに昼食時という頃、店内は満席である。サクラ電機の社員と思しき客も多く見える。食器がカチャカチャと触れる音と客が談笑する声が店内に溢れている。
しばらく待っていると、その人物は店に現れた。同期の篠山である。
「よお!相変わらずこの店は混んでるな」
遅れたことに対しては、特に悪びれる様子もない。木村は、ひとこと言ってやろうかと思ったが、自分から頼んで一緒に昼食をとることにしていた手前、その言葉を飲み込んだ。
「前に話した時は『今度は飲みに行こう』ってことだったのに、昼飯のお誘いとはね。まあ、この店は美味いからいいけどな」
篠山は相変わらずマイペースな発言をしながら早速メニューを開く。
2人はそれぞれ注文を済ませ、少しの間他愛もない会話をしたが、頃合いを見計らって木村が切り出した。
「それで、この前話した本社組織の改革の話なんだけどな...」
「ああ、その話ね。どうせ仕事の相談だろうと思ったよ。で、どうした?社長にこっぴどく却下されたとか?」
篠山が冗談めかして言う。
「いや、篠山から教えてもらったコンセプトがとても役に立って、大きな方向性については社長から承認を得られたよ。だけどな...」
「宿題が出たわけか。それで、その宿題に関して俺のアイディアが欲しい、と」
篠山が先を読んで言葉を挟む。
「そういうことだ。オフラインで色々と教えてもらってばかりですまないが、頼むよ」
「オーケー、俺が知っていることなら喜んでお教えするぜ。昼飯もおごってもらうことだしな」
篠山は、自分の注文したピザが出てくるのを見ながら答えた。
外部との協業
「で、宿題ってのは何だったんだ?」
篠山はピザをほおばりながら聞いた。
「ああ、社長曰く、本社組織は極めて『内向き志向』だと。特に『スタッフ機能』に関しては、たとえば抜本的なコスト構造変革とか、グループへの貢献を高めるような施策を考えるようにとの指示があったんだ」
木村はパスタをくるくるとフォークで巻きながら答える。篠山は、木村の言葉に「ふむふむ」と頷いた。経理部門の改革推進担当として同じような課題意識を持ってはいるのだろう。
「それで、報告の後に具体的にどのような施策があり得るかってことを部内で話していたんだけど、堀越部長が『全て自前で考える必要はないだろう』と言うんだ。『事業だって合弁会社やアライアンスを組んで、社外と協業しながらやる時代なんだから』と。そして、それだけ言って、あとは俺に丸投げされたというわけ」
木村が呆れたように言うと、篠山は笑った。
「堀越部長って、スマートで何でも計算ずくに見えるけど、結構部下には乱暴な仕事の振り方をするんだな」
そして、真面目な顔になって言葉を続けた。
「だけど、堀越部長が言うことは正しいんじゃないか。今の本社なんて、機能子会社を含めて、自分たちでやる必要のない仕事はごまんとあると思うぜ」
篠山の正論に木村は答える。
「たしかにそうだ。そして、それを自前ではなく社外と協業しながらやるといったら、いわゆるBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)ということだろ?俺もそれくらいは思い付いた。でも、うちの会社でもところどころ検討したことがあるようだが、多くがとん挫していたり、あまり上手くいっていないという話ばかり聞くよな」
篠山は頷きながら答える。
「たしかにそうだな。経理でも、過去に同じようなことは考えたみたいだ。でも、実際には実行されていない。じゃあ、なぜうちの会社でBPOは上手く進まないんだろうか?」
篠山の質問に、木村は答える。
「結局のところ、思ったよりコストが下がらなかったというケースが多いんだろうな。そして、その大きな要因の1つが人材の出口だろう。業務を外部に委託して効率化されたとしても、元々その業務を担っていた人材は、仕事がなくなった状態で社内に残ってしまう。もちろん易々とリストラなんてできるわけがないから、そういった人たちは社内で再配置して上手く活用しようということになる。そうすると、結果としてトータルコストは増えるという構図だ」
木村は一息置いて考えをまとめ、更に言葉を続ける。
「あとは、外部に委託することで、業務がブラックボックス化してしまい、効率化の効果が自社に還元されているか分からなかったり、更には業務品質が下がって現場が混乱するというケースも聞いたことがある」
木村の見解に、篠山は頷いた。
「つまり、人材の出口戦略と委託先へのガバナンスが大きな課題になり得るわけだ」
篠山は一息置いて続ける。
「これを解決する1つの策としては、機能子会社の合弁会社化があるな。機能子会社の持分を外部に譲渡して合弁会社とし、そこから業務を提供してもらうという形だ。多くはマジョリティを譲渡して連結対象外とするようだな。実際に、色々な企業の、色々な機能領域で事例があるようだぜ」
「機能子会社の合弁会社化か...」
木村は繰り返した。
「ああ、そうだ。まず、元々業務を担当していた人材は、そのまま合弁会社の従業員となって連結対象外となる。つまり、自社で出口戦略を考える必要はないわけだ。そして、一定の持分を継続保持するから、単純な業務受委託の関係だけでなく、資本の論理でのガバナンスが効かせられる。これによって、ブラックボックス化も防ぎやすくなるというわけだ」
篠山は滔々と説明する。
「なるほど。たしかに連結対象外になったら人材の出口戦略を考えなくても良いという理屈はあるかも知れないな。だが、実際に工数が浮いて仕事がなくなる従業員は出てくるわけで、その人たちのコストが減らなければ委託費は減らせないわけだし、そこに強硬策をとる前提ならそもそも合弁会社化自体が体の良いリストラと捉えられかねないんじゃないか?」
木村の疑問に対し、篠山は「よくぞ聞いてくれた」とばかりに説明を加える。
「そこがミソなんだ。うちの会社だったら、例えば経理の人が余っても、どうしても使いどころが限定されるだろ?いきなり営業やR&Dに回すわけにもいかない。だけど、アウトソーシングを本業にやっている企業なら、経理オペレーションを分かった人材というのは、他の顧客向けの業務とか、色々と活用の仕方があるということらしいんだ」
木村は「なるほど」と思いながらも、更に疑問を投げかけた。
「しかし、相手企業からすると、固定費を押し付けられる上に、業務受託後の経営にあれこれ口出しされるわけだよな。そんなスキームを受け入れてもらえるものなんだろうか?」
篠山はまた得意げに答える。
「相手企業からすれば、委託企業とパートナーシップを結ぶことで強いリレーションを構築できるというメリットがあるのさ。彼らからすれば、顧客基盤を買うことができるわけなんだな」
「なるほど。お互いの利害が一致するようなスキームを構築するということか」
木村は考えを咀嚼しながら続ける。
「これはもはや、単純なアウトソーシングというよりも、戦略的なM&Aだな。1つのソリューションとしてぜひ検討してみるよ。とても貴重なインプットをありがとう」
「いえいえ、こちらこそ昼飯ご馳走さま!」
篠山は、木村の礼に対して満足そうに答えた。
実り多い昼食を終えて
木村が2人分の会計を終えると、2人は店を出て、本社オフィスまでぶらぶらと歩きながら雑談をした。
「そういえば、この話について、堀越部長は『事業だって合弁会社やアライアンスを組む時代なんだから』と言っていたんだよな。もしかして、俺が今日話したようなことを、すでに分かっていて言ったのかな?だとすると、やっぱり堀越部長の『計算ずく』だったわけか?」
篠山がふと思い出したように木村に言った。
「いや、まさか…」
そう答えながら、木村の脳裏にニヤッと笑う上司の顔が浮かんだ。さすがにアウトソーシングのトレンドまで知っていたとは考えづらいが、その可能性もあるかも知れないと思わせる底知れなさが堀越にはある。篠山は「怖い上司だな」と笑った。
「それにしても、篠山は本当に色々なことを知っているな」
今度は木村が篠山に向けて言う。
「まあ、『改革推進担当』なんてポジションにいるからな。前にも言ったように、色々とセミナーや交流会に言って、見識を拡げるようにしているんだよ」
篠山は続ける。
「ただ、俺が知っているのは飽くまで理論と事例だ。これを実行に落とし込むことは、次元の違う話だ。たぶん、実際にやろうとしたら、俺が知らない課題がたくさんあるはずだ」
「そうだな。俺たちはまだ改革の入り口に立っているに過ぎないということだな」
木村は篠山の言葉に頷く。そうこうしているうちに本社オフィスに着くと、2人は「今度こそ、飲みに行こうな」と約束しながら、それぞれの仕事場へと戻っていった。
(次号へ続く)
■筆者プロフィール■

伊藤 爵宏(いとう たかひろ)
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー
製造業を中心に、バイサイドディールにおけるビジネスアドバイザリー、セルサイドディールの構想・実行、PMIにおける統合事務局、グループ子会社の再編構想等、M&A・組織再編全般にアドバイザリー経験を有す。
近年では、日本企業のグローバル経営力強化に向け、グローバル本社・地域統括組織におけるミッション・機能の再定義から組織再編の構想・実行に至る機能・組織変革案件に多数従事している。