[ポストM&A戦略]

2013年10月号 228号

(2013/09/15)

第58回 組織・人事分野のトランザクションリスク

 竹田 年朗(マーサー ジャパン グローバルM&Aコンサルティング プリンシパル)
  • A,B,EXコース

  デューデリジェンスの結果次第で、この先、合意に至ることを目指して最終交渉に入るか、それともこの時点で交渉を打ち切るかが別れる。もし、非常に重要な課題があることがわかり、それが買い手の納得がいくように手当されなければ、買い手は交渉から降りることになる(walk-away)。
  重要課題ではあるが、「買う・買わない」の判断には影響しないものを、買収後の課題ということからインテグレーションリスク(Integration Risk)と呼ぶ。これに対し、まさに「買う・買わない」の判断に影響するものをトランザクションリスク(Transaction Risk)と呼ぶ。トランザクションリスクは、ディールブレーカーやディールキラーなどとも呼ばれる。
  法務、会計、税務、ビジネスなどと同様、組織・人事分野にも、十分に手当てがされなければ交渉打ち切りにつながるトランザクションリスクがある。ただ、他分野のトランザクションリスクに比べると、組織・人事分野のトランザクションリスクは、ともすると「あとでなんとかできる」と軽微に受け止められたり、トランザクションリスクである、という認識自体が薄かったりするようにも思われるので、今回取り上げて論じることとする。

トランザクションリスクとはどのようなものか

  デューデリジェンス(DD)での判明事項の中でも内容が特に重篤で、ディールの継続自体を左右するレベルのリスクがトランザクションリスクである。
  DDには段階があり、非公式にディールを検討している段階を経て、お互いに可能性を見出した場合は、きちんと取り決めを交わしたうえでDDに入る。この非公式の検討、つまりディールを進めるか進めないかまだわからない段階においても、法務アドバイザーと会計・税務アドバイザーを活用することが多い。
  このことはM&Aにおいてこの分野が特に重要で、かつトランザクションリスクがある場合にその確認が比較的しやすいから、と考えている。つまり、トランザクションリスクが見つかれば、それ以上検討しても仕方がないので、まずここからあたるという合理的な進め方である。
  もちろん、トランザクションリスクは、LOI (Letter of Intent) やMOU (Memorandum of Understanding) を交わしてから本格的に行うDDにおいても発見される。それまでより深く調べるのであるから、当然といえば当然であるが、発見即アウト、ではない。サイニングあるいはクロージングまでに買い手が受容できるレベルにまで状況が改善できるか、という売り手との交渉あるいは状況判断があり、さらにディール全体で総合的に判断する性質のものと理解している。
  それでも、内容が重篤なもので、買い手が必要と考える期間内に十分な手当て(改善)ができなければ、それひとつで交渉を断念するに値するケースもある。
  わかりやすい例をあげて、説明しよう。買収後に買収先の販路に買い手の自社製品を載せて販売することを買収後の価値創造の眼目としていたところに、買収先が以前から買い手の競合会社と製品販売契約を締結しており、さらにその契約にその製品と競合する他社製品の販売を禁止する条項があるために、買い手の製品を買収後に販売するとこの条項に抵触する可能性が高い、といったようなことである。
  つまり、この契約を修正するなり、解除するなりしないと、買い手としては自社製品を拡販することができない恐れが強い。もしそうなると、買収のリターンが大きく損なわれてしまう。すると、これに対して適切に対処できない場合には、買収交渉を打ち切るという判断もありうる。このようなケースが、トランザクションリスクの例である。

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