[寄稿]

2014年9月号 239号

(2014/08/15)

M&A取引における表明保証保険の最近の動向

 田丸 雄太(ホワイト&ケース法律事務所 弁護士)
 エリック マークス(ホワイト&ケース外国法事務弁護士事務所 米国カリフォルニア州弁護士)
  • A,B,EXコース

  金融危機を経た後の現在の経済状況下では、買手側のM&A取引におけるリスク志向は大きく低下しており、同時に、売手側はM&A取引後の偶発債務を極力抑え、クリーンな投資エグジットの実現を目指す傾向が顕著である。本稿では、買主と売主の間のM&A取引交渉における利害対立を緩和・解消するための革新的な方法として、また、買主と売主の間のリスク認識の差によりディール成立が難しい場合の対応策として近時日本でも注目の集まっている表明保証保険の利用について考察する。

表明保証保険とは何か?

  表明保証保険とは、M&A取引契約における表明保証条項違反の責任を填補するための保険であり、M&A取引における補償責任リスクの管理ツールと捉えることもできる。売主にとっては、表明保証保険はM&A取引における自らの収益率を増加させ、後になって表明保証責任を負うことがないという意味でクリーンな投資エグジットを実現させるための戦略的手段となり得る。買主にとっては、売主による損害補償の実現可能性について懸念がある場合(売主がペーパーカンパニーである場合や、売主のクレジットリスクが大きい場合など)に、補償の実現可能性を向上させるものであり、また、入札プロセスにおいて他の入札者と比較して優位な入札を行うことを可能にするものである。M&A取引契約における表明保証条項は、売主に対象会社に係る表明保証条項を精査させることにより問題点の開示を「炙り出す」ものとして、また、M&A取引の当事者間の契約上の補償債務の内容を明確化するものとして、それ自体契約上の重大な役割を果たすものではある。しかしながら、表明保証保険を利用することによって、表明保証違反に係る最大限のプロテクションを求める買主側の希望と、表明保証の違反による補償責任の負担の可能性を極力抑え譲渡代金の受領を極力早期に確定させようとする売主側の意図との対立を大きく緩和することが可能となる。また、これらの買主・売主間の利害対立を解消するための機能に加えて、表明保証保険は、(i)表明保証違反にかかる補償の有効期間を、売主が責任を負う期間を超えて設定することにより、通常の売主に要求できる平均的な期間を超える補償存続期間を設定したり、(ii)「上乗せ(top-up)」の保険契約により表明保証による保証を厚くしたりする(例えば、売主が株式譲渡契約(SPA = stock purchase agreement )などのM&A取引契約上負担する補償責任の合計限度額を超えて、買主が補償最大額として必要と考える金額分まで保険を購入することができる)という付随的な機能も有している。

  現状、表明保証保険市場では、大きく分けて買主側保険(補償請求において売主からの補償を受けられないリスクについて、買主を保証する保険)と売主側保険(請求に係る買主に対する金銭的責任から売主を保証する保険)という2種類のタイプの保険商品が提供されている。筆者らの把握する限り、現在は買主側保険の方がより一般的なようである。なお、原則として買主側保険及び売主側保険の双方について、表明保証保険の実務上の留意点などに大きな差異はないものの、以下の各章の記載は、原則として買主側保険を前提とした記載となっている点に、留意されたい。
 

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