左から、渡辺章博氏、井原勝美氏、牛島信氏、宮地真紀子氏
社外取締役の活動領域は、経営の監督、M&Aにおける利益相反の監督、経営陣の指名、適切なリスクテイクのサポートなど多岐にわたる。本座談会では、企業経営、ファイナンシャル・アドバイザー、リーガル・アドバイザー、IRアドバイザーというそれぞれ異なる専門性を持つ方々に集まっていただき、昨今大きな関心を集めることの多いM&Aやガバナンスの局面において期待される社外取締役の役割について議論していただいた。
- <目次>
- はじめに
- 株主の存在が希薄な“幹部従業員協同組合”
- 経営者の利益相反問題
- 社外取締役の利益相反問題
- 買収提案の判断
- 事業ポートフォリオ見直しの本質
- 取締役会に求められる専門性・経験
- 後継者の育成
- おわりに
1. はじめに ~自己紹介
宮地 「今回、進行役を務めるジェイ・ユーラス・アイアールの宮地真紀子と申します。大学卒業後、大手総合電機メーカーにてIR対応や事業計画の作成等に携わり、2005年からIRアドバイザーとして経営統合に関わる株主総会対応や
アクティビスト対策等のコンサルティング業務に従事しています。2014年からは取締役会評価の支援も行っており、のべ150社を超える企業の取締役会評価に関わってきました。
本日は、大変すばらしい経歴をお持ちの皆様にお集まりいただきましたので、M&A・ガバナンスにおいて社外取締役が果たすべき役割について、さまざまな角度からご意見を伺えればと思っております。よろしくお願いします」
井原 「日立製作所にて取締役会議長を務めている井原勝美です。私は1981年にソニーに入社しました。その頃は創業者の井深大さんも盛田昭夫さんもご健在でしたので、直接お話を聞く機会もあり、大変モチベートされたことをよく覚えています。ソニーでは約30年間、テレビやオーディオなどのコンシューマーエレクトロニクスビジネスに携わり、その後、エレクトロニクス事業を離れ、約6年間ソニーの金融事業の責任者を務めました。2017年にソニーグループを退任した後、縁があって、2018年から日立製作所の取締役を務めており、2022年からは取締役会議長を務めています。
私は、ソニー時代は社内取締役として、日立では社外取締役として取締役会に出席していますが、偶然にも、ソニーも日立も、最も厳格な機関設計と言われる指名委員会等設置会社制度を採用している会社です。本日は両社での経験を交えながら議論できればと思います」
牛島 「弁護士の牛島信です。私が弁護士になったのは1979年で、独立して事務所を設立したのが1985年です。以来、多くの企業法務案件に関わってきました。本日のテーマに関するもので公知の案件としては、2006年の王子製紙による北越製紙の
敵対的買収事件があります。このときは北越製紙側の代理人として防衛に成功しました。そのほかにも、海外企業による日本企業の買収も含めて、さまざまなM&A案件を経験してきました。
これらの弁護士業務と並行して、NPO法人コーポレート・ガバナンス・ネットワークの理事長を2013年から務めています。本日はよろしくお願いします」
渡辺 「公認会計士の渡辺章博です。1981年に大学を卒業後、会計事務所で働き始めたのですが、監査業務にあまり魅力を感じられなかったこともあって、翌年に渡米しPeat Marwick(現KPMG)のニューヨーク事務所で働く機会を得ました。普通、日本から海外の会計事務所に行く場合、日本の会計事務所から派遣されて駐在員として働くケースが大半だと思うのですが、私は英語もろくにしゃべれない状態ながら幸運にもニューヨーク事務所に現地採用してもらい、その後13年間アメリカで働きました。
このときの経験は、2つの点で私にとって大変貴重なものになっています。1つは、いま日本で議論されている同意なき買収、コーポレート・ガバナンス改革、アクティビスト対応といった事態はまさに1980年代のアメリカで繰り広げられていたものであり、それを直接経験できたことです。もう1つはプラザ合意によって円高が進行した時期であったため、松下電器による映画会社MCAの買収など、日本企業による米国企業のM&Aに数多く関わることができたことです。
アメリカではKPMGのパートナーになりましたが、アメリカで得た経験を日本に還元したいと思い、日本に帰国して、2004年に独立系のM&Aアドバイザリー会社GCAを設立しました。2006年には当時の東証マザーズへ上場を果たし、2012年には東証1部に市場変更しましたが、2021年にフーリハン・ローキー社からの買収オファーを受け入れ、創業した会社を
非公開化する決断をしました。このときの経験を買われたのだと思いますが、経営が非常に混乱していた東芝に社外取締役として招聘され、2022年6月から非公開化が完了した2023年12月まで、約1年半にわたり取締役会議長を務めました。現在はフーリハン・ローキー日本法人にて会長を務めています。今日は、自分が経営者として何を学んだかということをベースにしながら、ファイナンシャル・アドバイザーの立場で議論をさせていただければと思います」