[【事業承継】中堅中小企業の事業承継M&A ~会計税務の実務上の頻出論点~(M&Aキャピタルパートナーズ)]

(2019/11/13)

【第6回】中堅中小企業M&Aにおける「のれん」の取り扱い

桜井 博一(M&Aキャピタルパートナーズ 企業情報第二部 公認会計士・税理士)
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はじめに 

 第5回では買収対象となる対象会社に繰越欠損金や資産に含み損がある際の基礎的な取り扱いについて解説しました。

 今回の第6回では、意外と実務担当者の中でも誤解し易い論点である「のれん」の取り扱いについて解説します。

 中堅中小企業のM&Aの実務上では、「のれん」というワードは頻出しますが、この「のれん」について誤った認識を持った実務担当者や買手会社の担当者をよく散見します。

 例えば、未上場の買手会社の担当者から、のれんの償却による損益計算書上への影響や、のれん償却による節税効果の有無について質問をされることがあります。後述しますが、仮に株式取得によるM&Aの場合、個別財務諸表上に「のれん」が発生することはなく、償却をすることもありません。当然その場合、節税効果も無く、対象会社の純資産を上回る金額で買収を行う際に、「なぜ“のれん”は発生しないのか?」と困惑する実務担当者も少なくありません。

 「のれん」の発生有無は、会計上、極めて基本的な会計処理であるものの、「会計処理としての“のれん”」と「概念としての“のれん”」を混同し易いため、本稿ではその実務上のポイントに絞り、のれんの基礎的な論点を整理・解説してきます。

概念としての「のれん」とは

 概念としての「のれん」とは、一般的に買収金額が買収先である対象会社の純資産を上回った場合の差額のことを指し、企業間におけるM&Aの際に用いられる会計上の勘定科目の1つです。以前は「営業権」とも呼ばれていたため、中堅中小企業の決算書上では、未だに営業権という勘定科目を使用しているケースも少なくありません。

 のれんは対象会社のブランド力や技術力、従業員などの人的資源、顧客リストなど、目には見えない無形の資産、いわゆる「超過収益力」と説明されることもあります。

 通常、会社を買収する際は、帳簿上の純資産を取得するような形で経理処理を行いますが、その会社の買収金額は当該純資産の価格で決まるものではなく、一般的には時価純資産に営業利益を数年分乗せる手法や、類似会社比準方式やDCF法といった手法により買収金額を決定するため、多くの場合、買収金額と純資産は一致しません。この差額が「のれん」と言えます。

 また、「のれん」は貸借対照表では無形固定資産として経理処理することとされ、日本の会計基準では20年以内の期間で均等償却を行う必要があります。

 例えば、純資産10億円の対象会社を30億円で買収したとします。この場合、買収金額が純資産を上回る差額である20億円が「のれん」となります。仮にこの「のれん」を20年で償却した場合、毎年「のれん償却費」が損益計算書上の販売費および一般管理費の項目に1億円ずつ費用として計上されることになります。逆に、買収金額が純資産を下回った場合は、「負ののれん」として会計上、特別利益に一括計上されます。

 なお、「のれん」はM&Aを行った際に、結果的に経理処理上で発生する差額であることは前述の通りですが、対象会社の買収金額を検討する上で、「のれん」の回収年数やその多寡を踏まえた上で金額形成が行われることも多々あります。
 
 ここまでは、M&Aに携わる実務担当者であれば、ほとんどの方が理解している、概念としての「のれん」の基礎的な会計知識の範疇かと思います。

連結財務諸表上と個別財務諸表上での「のれん」の違い

 先ほど「のれん」は、買収金額が対象会社の純資産を上回った場合の差額と述べましたが、中堅中小企業のM&Aにおいては、必ずしも経理処理上、のれんが発生するとは限らない点に留意が必要であり、よく実務担当者が誤解しやすいポイントとなっています。

 例えば、先ほどの純資産10億円の対象会社を30億円で買収する場合、買手会社が連結財務諸表を作成していない未上場企業において、100%の株式譲渡のスキームにてM&Aが行われた場合はどうでしょうか。
 この場合、買収金額と純資産の差額である20億円の「のれん」が概念上の超過収益力として発生しているのは間違いありませんが、買手会社の仕訳としては以下の通りで、経理処理上、「のれん」はどこにも発生しません。

【買手会社の仕訳】
(子会社株式)30億円 /(現金預金)30億円

 支払った対価がそのまま子会社株式(投資有価証券)として処理されるためであり、当然ながらのれん償却といった費用も発生しませんし、税務上も同様の仕訳が行われていることから、償却負担(損金計上)による節税効果を享受することもできません。

 一方、買手会社が連結財務諸表を作…


■筆者経歴
桜井 博一(さくらい・ひろかず)
大学在学中に公認会計士試験に合格後、卒業後は三菱東京UFJ銀行(現三菱UFJ銀行)に入行。中堅中小企業向けの融資業務や再生支援業務等を経て、株式会社KPMG FASにて中堅・上場企業向けの財務・事業デューデリジェンス業務を中心としたM&Aアドバイザリー業務に従事した後、M&Aキャピタルパートナーズ株式会社に参画。物流業界を中心に、飲食業界、アミューズメント業界等、幅広い中堅中小企業のM&A仲介業務に従事している。 

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