[M&Aフォーラム賞]

2017年11月号 277号

(2017/10/17)

第11回 M&Aフォーラム賞が決定――M&Aフォーラム賞『RECOF賞』などに4作品を選定

左から加藤有治(奨励賞、イースト・インベストメント・キャピタル 代表取締役)、田中 亘(正賞、東京大学社会科学研究所 教授)、落合誠一会長(東京大学 名誉教授、岩田一政選考委員長(公益社団法人日本経済研究センター 代表理事・理事長)、石塚明人(奨励賞)、和家智也(特別賞、早稲田大学ビジネススクール 商学研究科 2017年3月修了)
 
【受賞作品】

◆M&Aフォーラム賞正賞 『RECOF賞』【書籍】
『日本の公開買付け -制度と実証』(有斐閣刊)
【編著】田中 亘(東京大学社会科学研究所 教授)
森・濱田松本法律事務所

◆M&Aフォーラム賞奨励賞『RECOF奨励賞』(論文)
『上場会社組織再編または企業買収にかかる会社法株式価格決定裁判における「公正な価格」および「公正な取得価格」の統一的算定方法』(青山学院大学博士学位申請論文)
【筆者】石塚 明人

◆M&Aフォーラム賞奨励賞『RECOF奨励賞』【書籍】
『日本買い 外資系M&Aの真実 (Inbound M&A)』(日本経済新聞社刊)
【著者】加藤 有治(イースト・インベストメント・キャピタル株式会社 代表取締役)

◆M&Aフォーラム賞選考委員会特別賞『RECOF特別賞』(論文)
『日本国内のネットサービス分野におけるM&Aを通じた株主価値創造 ~イベント・スタディによる検証~』
【筆者】和家 智也(早稲田大学ビジネススクール 商学研究科 2017年3月修了)

15作品が応募

  M&Aフォーラム賞選考委員会は、2016年度(平成28年度)「第11回M&Aフォーラム賞」に4作品を選定し、9月26日表彰式が行われた。

「M&Aフォーラム」は、2005年10月の内閣府経済社会総合研究所の「M&A研究会」において民と官との連携ができる民間ベースのフォーラムが提唱されたことを受け2005年12月に設立され、今年で12周年を迎える。

  理論的、実証的及び実務的な視点から、進歩、変化するM&A事情の研究・調査を行い、今後のわが国におけるM&Aのあり方について提言を行うとともに、主に企業人を対象にした「M&A人材育成塾」の運営等の活動を通じて、M&Aの普及・啓発、人材や市場の育成に資することを目的としており、さまざまな関係分野の有識者、実務専門家、企業関係者が参加する場となっている。

「M&Aフォーラム賞」は、2000年度に「M&Aに関する社会科学的観点からの研究論文の執筆で顕著な業績をあげた学生・院生を顕彰する懸賞論文制度」としてレコフが創設した『RECOF賞』が前身で、M&Aフォーラムからの強い要請もあり、学識経験者、行政担当者、M&A専門家、企業関係者(実業界)ならびに大学院、大学、各種専門学校を含めた学生にいたるまで幅広い分野に対象を広げ、06年にM&Aフォーラム賞『RECOF賞』として引き継がれた。

  第11回を迎えた今回は、法律、経済、経営、税務・会計、ファイナンスなどをテーマにそれぞれの観点で掘り下げた作品で、ここ数年で最も多い15の書籍・論文の応募があった。

  選考委員長の岩田一政氏(公益社団法人日本経済研究センター代表理事・理事長)のもと、大杉謙一氏(中央大学法科大学院教授)、西山茂氏(早稲田大学ビジネススクール教授)、丹羽昇一氏(レコフデータ専務理事)の3人の委員によって、

①作品が創造性に富んでいること、
②実用性・実務への応用可能性が高いこと。
③問題点を先取りし、その解決の糸口を論じたもの。
④M&Aの啓蒙に資するもので、業界全体への影響力が高いと判断されるもの。
⑤理論的・実証的な分析を行っているもの。

という観点で審査が行われた。

岩田選考委員長による講評

岩田氏  岩田選考委員長は、「本年の応募作の一つの特色は、日本企業による海外企業の買収や買い手としての立場よりも、外資系企業やファンドや日本企業によって買収される側の企業の立場に立ってM&A活動を論じた著作が目立ったことです。

  また、第二の特色は、企業買収におけるアドバイザーの視点から日本企業、あるいは外資系企業によるM&Aを扱う作品が多かったこと、さらに、第三に、カーブアウト、デュー・ディリジェンス、M&Aの契約書作成など、実務面においても、特定の論点に焦点を絞った作品の応募が多かったことが挙げられます。

  本賞の審査は、M&Aに関わる多様なテーマを取り扱った秀作が並び、また、異なる分野の優れた業績を評価、比較することもあり、容易ではありません。本年も、特に最終選考となった2次審査には、いずれも示唆に富んだ力作が揃いました」として、次のように講評を述べた。

田中亘、森・濱田松本法律事務所編『日本の公開買付け―制度と実証』は、豪華な執筆陣による日本の公開買付けに関する研究書でした。

  日本における公開買付け制度の望ましいあり方を公開買付け価格均一性ルール、情報開示のあり方に関連する行為規制、MBOと親会社による子会社の非公開化、実質的特別関係者などの論点について解釈論のみならず立法論も含めて検討しています。さらに、法学のみならず基本統計の整理を含む実証分析と実務の3つの視点から、その実態を明らかにする論究がなされています。例えば、公開買付けに付随する第三者割当てについては、第三者割当ての割当先、割当てのタイミング、締め出し(スクイーズ・アウト)の有無などの基本統計の整理(第9章)を踏まえた上で、株式の有利発行、不公正発行、会社法(206条の2)との関連、さらに少数株主に対する売却圧力の存在(強圧性)やトップ・アップ・オプション(対象企業が買収者に必要な議決権割合の不足分を補う株式を取得する権利を公開買付け後に第三者割当てによって与えるものあるが、日本では実例はない)などに関する法的問題を論究しています。そこでは、フリーライド問題を回避し買収を成立しやすくすることを考慮すれば、第三者割当てを公開買付価格よりも低い価格で行っても有利発行とはいえないとの解釈がなされています(第3章)。また、MBOや親子会社間の公開買付けにおいては、利益相反を回避する必要があります。この利益相反回避措置については、特別委員会の設置やMOM条項(利害関係者のいない株主の過半数の応募を公開市場買付け成立の条件とするmajority of minority 条項)の採用、フェアネスオピニオンに関する基本統計の整理(第10章)を踏まえる形で、日本での特別委員会のアドバイザー選任権限の強化、親子会社間でのMOM条項の活用を説いています(第4章)。さらに、公開買付けの応募について、締め出しがアナウンスされると応募率が跳ね上がることで強圧性の存在が示唆されていること(第7章)を踏まえ、公開買付期間の延長を強制することを勧めています(第2章)。現在、証券取引法改正後、10年目を迎え、制度の評価、見直しが求められていますが、本書は、改正後10年の実績評価を具現した書でした。

  続いて、M&Aフォーラム賞の奨励賞には、『上場会社組織再編成または企業買収にかかる会社法株式価格決定裁判における「公正な価格」および「公正な取得価格」の統一的算定方法』『日本買い 外資系M&Aの真実(Inbound M&A)』の2作品に授与することとしました。いずれの作品も甲乙つけがたい力作であり、審査委員の満場一致で授与することを決定しました。

  石塚明人著『上場会社組織再編成または企業買収にかかる会社法株式価格決定裁判における「公正な価格」および「公正な取得価格」の統一的算定方法』は、株式買取請求・価格決定における「公正な価格」と全部株式取得条項付種類株式の全部取得における現金を対価とした「公正な取得価格」の間の法形式の違い、および、株式対価と現金対価の違いがあることに対して、統一的な算定方法を提案する論文でした。

  本論文の第一の特徴は、ファイナンス理論におけるオプションや無裁定価格の概念を応用して、株式請求制度における少数株主保護と企業買収などを行う会社側の予測可能性(強圧性)とのバランスをもった算定方法を提案しているところにあります。第二の特徴は、裁判所による算定価格と本論文の提唱する統一的算定方法による算定価格を比較検証しているところにあります。株式買取請求における「公正な価格」と「公正な取得価格」算出のための「補正されたナカリセバ価格」と「補正されたシナジー価格」のいずれか大きい価格を選択するというオプション性を内在した「二基準間の選択的行使」がその統一的算定方式でした。著者は、この内在するオプション性こそが少数株主の保護につながるのであり、しかも、オプション行使濫用のリスクは低いと論じています。

  本論文においては、株式対価の場合の「公正な価格」算出のための「二基準間の選択的行使」を説明した第4章と現金対価に応用した場合の「公正な取得価格」への統一的な適用を扱った第5章の2つの章が、核心部分をなしています。組織再編や買収による価値増加分を考慮するという意味での事後の「ナカリセバ価格算出のための株価補正:回帰分析的手法」(第2章)と公正と判断された組織再編比率を前提とした「シナジー分配価格算出のための株価補正:シナジー価格補正」(第3章)はこの2つの章で展開するための準備作業にあたります。判例を用いた事例研究と比較しながら、統一的算定価格のもつ意義を説く、論理的な一貫性を高く評価したい。第9回選考委員会特別賞の受賞論文をさらに深掘りした力作でありました。

  加藤有治著『日本買い 外資系M&Aの真実(Inbound M&A)』は、これまで日本に対する直接投資はM&Aを含めて低い水準にあった中、アベノミクスの成長戦略で対日直接投資の倍増が掲げられていることもあり、時機を得た書でした。

  本書は、外資による日本買いM&Aは、日本の売り手株主にとって、新しい市場、技術、経営手法などの「シナジー」のみならず、より効率的な人材、資産、資金などを活用した経営資源の「のびしろ」をプレミアムの形で先取りすることができるというメリットがあると説いています。最終的には、日本における低いPBR比率に示される遊休資源や経営資源の非効率的な配分を解消することが可能になると説得的に論じています。

  著者は、対日投資の最大の障害は、「生え抜き主義のコーポレート・ガバナンス」と「硬直的な雇用制度」にあると鋭く看破しています。第四章の「日本買いM&Aの実際」は、著者がペルミラ・アドバイザースで体験した実例(スシローなど)を説明しており読み応えがあります。また、日本企業は、中国企業のように「したたかに外資を使い倒す気概」が求められると説いています。文章は分かりやすく、外資系企業で働く場合のアドバイスもついており、外資系ファンドなどによる日本買いの実態を知る上で有益でした。

  最後に、M&Aフォーラム賞の前身であるレコフ賞を受け継ぎ、学生論文を対象として表彰を行ってきましたM&Aフォーラム賞選考委員会特別賞について議論・検討を行い、和家智也著『日本国内のネットサービス分野におけるM&Aを通じた株主価値創造~イベント・スタディによる検証~』に全会一致で授与することとしました。

  本論文は、ネットサービス分野を「情報通信業におけるインターネット付随サービス業」と規定した上で、153社の企業買収に関するイベント・スタディによる超過収益率の計測を通じて、株主価値の創造の効果を論じた論文です。

  完全買収よりも部分買収や事業譲渡の方が超過収益率はより大きなものになる傾向があること、また、経営者の持株比率とも関連があることを検出しています。個人投資家比率の高いジャスダックやマザーズで行われた企業買収の方が、東証一部市場で行われた企業買収よりも超過収益率が大きくなる傾向が観察されています。また、実証分析は手堅いが、長期保有による超過収益率の計測の必要性のほかに、海外におけるネットサービス業のM&Aや日本における外国企業と日本企業によるM&Aの効果の違い、また、他の業種におけるM&Aと比較して日本のネットサービス業の買収にはどのような特徴があるのかなど、より掘り下げた分析があれば、論文の価値はより高まったように思われます」

  • 1
  • 2

バックナンバー

おすすめ記事