[書評]

2006年3月号 137号

(2006/02/15)

BOOK『会計倫理』

ジェームスC. ガー著 瀧田輝己訳  同文舘出版 3500円(本体)


 

 会計士や監査法人のあり方が問われている。本書は米国のエンロン事件などが起きる前に、カナダの学者によって書かれたものである。当時、倫理の問題に取り組み始めたアーサー・アンダーセンのことを序文で取り上げているが、そこがエンロン事件で、事実上崩壊したのは、何とも皮肉である。会計士という職業の根底にある倫理の必要性を説く。
 会計士が行う監査とは何か。簡単に言えば、企業の利益の測定にごまかしがないか、経営者がウソをついていないかを、財務諸表をチェックして見抜くことである。企業が大きくなると、経営に参加していない外部の投資家から資金調達が必要になる。資本市場で効率的な資金配分が行われ、資本主義が発展するためには、監査は極めて重要になる。米国では1933年に証券法で、公開企業に会計士の監査を義務付けた。
 こうした米国の歴史が詳しく説明され、監査の役割がよく理解できる。著者はこうした会計士と社会との関係を社会契約論の観点から説明する。会計士はクライアントの企業と私的契約により監査を行うが、私的な関係を超えた社会的義務を負っている。クライアントの企業、経営者とは別に、背後には投資家らの実質的依頼人がいるというのだ。
 財務諸表は判断の産物であり、会計士はクライアントらとの利益相反に絶えずぶつかる。それを解決する道は、会計士の倫理的判断である。実質的依頼人の利益を第一に考え、そのためには技術的な専門的能力と同時に倫理的能力を身につけなければならない。こうした義務の見返りにプロフェッショナルとして自治権と経済的特権を賦与されているという。
 実質的依頼人の概念を明らかにしたところに本書の最大の意義があるように思う。しかし、倫理を強調するだけで、会計士や監査が抱えている問題がすべて上手く解決するのだろうか。「自分と契約した相手が契約を打ち切る可能性があると知っても、会計士は義務を果たさなければならない」という。確かに正論であるが、私はクライアントと契約し、クライアントから報酬を貰うという今の構造に根本の問題があるように思うのだが、その点の切り込みはない。以前、保険制度を使った報酬支払いの仕組みを提案している本をこの欄で紹介したことあるが、本書は倫理がテーマの本だからやむを得ないのかもしれない。
 米国の会計士の行動規定から抜き出した徳目一覧をみると、誠実性、率直さ、人徳の追求、策略をしない、個人的利益を犠牲にしても名誉ある行動をとる、能力を高めるための不断の努力などが掲げられている。このような職業について、人生をまっとうできる人たちは、本当に羨ましく思う。しかし、そうした人たちが起こす不祥事をみるにつけ、人間は倫理だけでは生きていけない動物であり、そこがまた面白いとも思ってしまう。(青)

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