【登場人物】
- サクラ電機株式会社 本社 経営企画部 部長
堀越 一郎 - サクラ電機株式会社 本社 経営企画部 次長
木村 遼太 - サクラ電機株式会社 本社 経営企画部 スタッフ
山本 朝子
(前回までのあらすじ)
サクラ電機 本社経営企画部の次長である木村 遼太は、事業への権限委譲が進む一方で肥大化を続ける本社部門の改革を進めることになった。
本社部門の現状を整理した木村は、その問題点を明らかにするため、本社に対する意見を事業本部へヒアリングすることにした。
これは、あるコーポレートの経営企画部次長が、様々なコーポレートアジェンダに携わり、そして経営と現場の間で葛藤しながら、自社におけるグローバル経営の在り方を模索するストーリーである。
並べられた議事録
本社のオフィスで書類を眺めていた木村の視界が突如真っ暗になった。部屋の照明が消えたようだ。
「もうそんな時間か…」
サクラ電機では、働き方改革の一環で、夜22時を回るとオフィスが自動的に消灯されるようになっていた。木村は仕方なく席を立ち、照明のスイッチを付けた。
再び明るくなった本社のオフィスは、既に木村以外の従業員は仕事を終えて帰宅し、誰もおらずにがらんとしている。そんな部屋の様子を眺めながら座席に戻った木村の目の前には、いくつかの書類が並べられていた。
その書類は、今日まで行っていた、事業本部の本社部門に対する意見をまとめた議事録だった。部下の山本がつい先ほどまでまとめていたもので、事業本部の数だけある。木村は、これらを見比べながら、本社部門のスリム化に向けた課題を見出そうとしていた。
「改めて読んでみると、思ったより色々な意見が出たな…」
オフィスには自分しかおらず、誰も聞いていないため、木村は、感想を声に出してつぶやいた。本社部門に対する課題意識が多く聞けたのであれば、それだけ本社部門に改革の必要性を突きつけることができるので喜ばしいことであるはずだが、木村の声は、決して明るいものではなかった。
というのも、ヒアリングの結果は、そう単純なものではなかったからだ。木村は、自らが事業本部に所属していた頃の経験から、本社の「支援」という名の「口出し」や「指示」を削減してほしいという声が大勢を占めるのではないかと予想していた。もちろん、そのような声があったことも事実だが、それ以上に様々な意見が挙がった。
木村は、ふっと息を吐いて気合を入れてから、膨大な議事録を改めて精読し、それぞれの事業本部へのヒアリングを振り返ってみることにした。
それぞれの事業の立場
最初にヒアリングを行ったのは、木村がかつて所属していた事業本部であった。
この事業本部で聞かれた意見は、以下のようなものだった。
・ | 事業本部に権限委譲を進めているにも係らず、本社部門には重い統制機能が依然として残っており、「屋上屋」ではないか |
・ | 本社部門傘下で研究開発や事業開発への投資を行っているが、むしろヒト・カネのリソースを事業本部に配分してほしい |
・ | 本社部門で集約している定型的なバックオフィス業務に関しても、メリットが見えず、効率的だとは思わない |
これらの意見は、木村が抱いていた印象と概ね同じだった。本社部門の肥大化を指摘するような意見を聞くことができ、「これを裏付けに、本社部門にスリム化を迫ることができそうだ」と幸先の良いスタートに木村は内心喜んでいた。
しかし、次にヒアリングを行った事業本部からの声を聞いて、木村は悩むことになった。この事業本部は、サクラ電機におけるいわゆる「保守本流」と言われる部門である。
この事業本部の意見は以下のようなものであった。
・ | たしかに、本社部門への報告や情報提供に関する煩雑さは感じている |
・ | しかし、本社部門とは方々で連携してサポートをもらっているので、全体最適や知見集約の視点から、相応の機能を有していても構わない |
・ | 研究開発や事業開発に関しても、本社から中長期的な視点で行っていくことが重要ではないか |
つまり、本社部門には非効率性があるとの一定の課題意識はあるものの、必ずしも本社部門の抜本的なスリム化を望んでいるわけではないような意見だった。
それ以外の事業部門でも、各様の意見が挙がってきた。例えば、以下のようなものである。
・ | そもそもグループ共通の制度が、自らの事業モデルには合わない |
・ | M&Aで買収した会社においては、経理と購買の境界など、そもそも機能の分掌が本社と整合しておらずコミュニケーションがとりづらい |
・ | 特定の機能について、ある事業本部は役立つとの意見がある一方、他の事業本部は全く不要との意見が挙がった |
「それぞれの事業本部で立場が異なれば、本社部門に対する見方も変わるということか…」
木村は、議事録から主要な意見を拾い上げてノートにまとめながら、考えを整理していった。
サクラ電機は、その歴史の中で事業を徐々に多角化し、現在は様々な事業モデルの部門が存在している。その一方で、本社部門は「保守本流」の事業を念頭に置いた考え方で運営されている。したがって、その考え方と親和性が高い事業本部には、本社部門からの「口出し」や「指示」への不満はありながら、提供される「支援」の恩恵を受けやすい。反対に、そこから距離の離れた事業モデルの本部ほど恩恵は受けられない。これらが事業本部ごとの意見の相違を生み出しているのだろう。
事業本部への権限委譲を進め、グローバル連結の経営責任を付与し、自律的な事業執行を求めるという全社的な組織・ガバナンスの方向性を踏まえると、現在の本社部門の課題は、単に肥大化していることだけでなく、事業ごとに不均衡が生じていることにもあるのかも知れない。コスト面でも、本社部門の費用は様々な形式・名目で各事業本部に共通的に配賦されていることを考えると、いわば「割り勘負け」している事業本部が存在していると言えることになる。
「つまり、本社部門のスリム化にあたっては、単純な業務の棚卸しと効率化だけではなく、グループ全体における機能配置自体を見直し、適正化していく視点が必要になるということだな」
ここまで考えをまとめたところで、ふとオフィスの時計に目をやる。すでに日をまたごうかという時間になっている。
「資料に落とし込んでいくのは明日にするか…」
木村はぶつぶつと独り言を言いながら書類を片付け、誰もいない本社のオフィスを後にした。
業務分析の視点
翌日から木村は、議事録でまとめたポイントを踏まえ、山本に指示を出しながら本社部門のスリム化に向けたアプローチをアップデートしていった。
元々は、各本社部門に業務の棚卸しを依頼し、そこから効率化できる業務を洗い出していくことを想定していた。
しかし、単なる業務効率化だけでなく、機能配置まで踏み込むべきと考えた木村は、棚卸しを行ったそれぞれの業務に対して、以下のような視点で分析を行うように各部門へ依頼することにした。
・ | その業務の受益者は誰か? (グループ全体の経営機能なのか、事業本部の支援機能なのか。支援機能の場合、特定の事業本部が対象なのか、ほぼすべての事業本部が対象なのか) |
・ | その業務をどのように配置すべきか? (廃止・縮小する、事業本部へ移管する、オペレーション子会社へ移管する、引き続き本社部門で保持する) |
各業務の受益者を明確化し、事業本部によって受けている恩恵に差異があることを見える化することで、特定の事業本部のみに提供している支援は事業本部側に任せてしまうなど、各部門に機能配置を考えてもらう狙いだった。
また、これらの業務棚卸しフォーマットに加え、事業本部へのヒアリング結果をサマライズした資料を添付することで、受益者や機能配置を考えてもらう裏付けとした。
これらの資料を部門ごとに用意していくと、分量は膨大なものになった。
「よし、まずはこれで切り込んでみるか」
各本社部門への検討依頼アプローチとフォーマットについて、木村と山本から改めて報告を受けた堀越部長は、2人の苦労をねぎらいながら、ゴーサインを出した。
「事業本部の声を聞いて、本社部門の連中が少しは自分たちの業務の在り方を考えてくれるといいけどな」
堀越が最後に付け足したコメントが少し気になりはしたが、上司の承認を受けた木村は、業務の棚卸し依頼を進めていくことにした。
依頼の目的や作業インストラクションを丁寧にメールでしたため、各部門の担当者のメールアドレスを宛先欄に入れ込んでいく。
「いよいよ『伏魔殿』に切り込んでいくのか…」
メールの送信ボタンを押すとき、心拍数が上がるのを木村は感じた。
「果たして、どれだけの回答が返ってくるか…」
これからしばらくは、各部門からの問い合わせなどに対応しつつ、やきもきしながら回答を待つことになる。
そして、数週間後、回答が集まってくるにつれて、木村たちは本社部門の改革を進めていくことの難しさを改めて痛感することになるのだった。
(次号へ続く)
■筆者プロフィール■
伊藤 爵宏(いとう たかひろ)
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー
製造業を中心に、バイサイドディールにおけるビジネスアドバイザリー、セルサイドディールの構想・実行、PMIにおける統合事務局、グループ子会社の再編構想等、M&A・組織再編全般にアドバイザリー経験を有す。
近年では、日本企業のグローバル経営力強化に向け、グローバル本社・地域統括組織におけるミッション・機能の再定義から組織再編の構想・実行に至る機能・組織変革案件に多数従事している。