[書評]

2006年12月号 146号

(2006/11/15)

BOOK『証券取引法』

神崎克郎、志谷匡史、川口恭弘著 青林書院 9800円(本体)

証券取引法 
 M&Aの仕事に携わる者にとって、法律では会社法、税法、証券取引法の理解は欠かせない。法律は目まぐるしく変わる。証券取引法に至っては、近く名称も金融商品取引法になる。その本格的な概説書が出るのは、当分先の話であろう。それを待ってはいられない。底に流れる基礎的概念は同じであろうと、あえて999頁の本書に挑戦した。
 証券取引法は戦後、国民経済の発展と投資家保護を目的に制定された。それから60年近くをへて、日本も証券市場を核とする直接金融の時代を迎えている。この間、累次の改正をへて、関連法や政令・内閣府令も整備され、法令の一大山脈が出来あがっている。全体像を理解するには、良質な体系書を読み通すしかないのだ、と痛感した。
 法の基礎概念である有価証券、募集、売出し、私募、引受け、目論見書などの定義が詳しく説明されている。母法の米国証券法の考え方、日本との違いなども分かる。
 しかし、証券取引法は、理論以上に生きた法律である。日本の戦後の経済発展と歩みをともにし、発生した経済事象や事件と密接にかかわっている。高度成長、バブル崩壊、金融システムの再構築といった節目で改正されているが、その時々の審議会の報告書の要旨が簡潔に紹介されていて、制度の背景、立法趣旨がよく理解できる。古くは山陽特殊製鋼の粉飾決算事件から、最近の西武鉄道の上場廃止やライブドアによるニッポン放送株式の立会い外取引を利用した敵対的買収まで取り上げられている。資料集としても便利である。
 本書は、情報開示こそが証券取引法の中核をなすという。なぜ、開示が必要なのか。大株主や取引銀行は、その経済的地位ゆえに会社から重要情報を入手できるが、一般投資家には、投資判断に必要な情報を入手する経済的な力はない。一般投資家の層を厚くし、証券市場を通じ、資源の効率的な配分をするシステムを構築するためには、開示に勝るものはないからという。この根本理念を理解できれば、届出義務、報告書の提出、公開買付けの開示、内部者取引規制など証券取引法を構成している仕組みもよく分かる。金融商品取引法になっても、考え方は同じである。
 証券取引法には会社法の特別法に当たる規定も多い。多数の投資家が関与する上場会社について特別な規制がなされるからだ。上場会社の支配権の取得を目的とする公開買付け、経営に影響を与える株式の5%以上の保有についての大量保有報告書も同法に規定されている。こうした規定のほか、証券業を規制する業法、証券市場を開設する取引所のことまでも含んでいる。こうした雑多な性格は金融商品取引法になっても、変らない。
 本書は1980年に出版、87年に改訂された旧版を母体とするが、ほぼ20年ぶりに全面改訂され、2006年に新版として出版された。中心メンバーの神崎教授は上梓直後に逝去されている。タイトルの法律名はなくなっても、古典として生き続けるだろう。(青)
 

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