[寄稿]

2023年7月号 345号

(2023/06/09)

Q&Aでわかる 米国・英国における外資による投資規制のポイント及び対策(前編:規制範囲)

龍野 滋幹(アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 パートナー 弁護士・ニューヨーク州弁護士)
内藤 央真(同 パートナー 外国法事務弁護士(連合王国))
水本 啓太(同 アソシエイト 弁護士)
中林 憲一(同 アソシエイト 弁護士)
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 日本企業が海外の企業に投資するにあたり、まず確認しなければならないのは各国における外資による投資規制です。規制対象となる投資や必要となる手続は国によって様々であり、また、近年の先進国を中心とした安全保障の観点からの外資規制の強化により、対象範囲の拡大や手続の変更等が行われております。このような状況のもと、海外への投資を行う、またはこれから行おうとする日本企業においては、常に各国の外資規制についてアップデートし、その制度を正確に理解しておくことが必要です。本稿では、近年大きな制度変更が行われた、米国および英国における投資規制について2回に分けて取り上げ、これらの国へ投資を行う日本企業が知っておくべき要点についてQ&A形式で解説していきます。今回の前編では、米国および英国の制度において審査対象となる取引の範囲および当局への届出の要否について解説します。

【外資規制の概要】
Q1. 当社は東京に本社を構える日本企業ですが、今回初めて当社ビジネスの海外進出を計画しております。その一環として、米国および英国の会社(以下「対象会社」といいます。)に対するM&Aを検討しているのですが、日本からこれらの国への投資を行うにあたり、米国および英国でどのような外資に対する投資規制があるか教えてください。
(a) 米国の場合

 米国における主たる外資規制として、対米外国投資委員会(Committee on Foreign Investment in the United States)(“CFIUS”)による、外資による米国内への投資に対する審査制度があります。従前から1950年国防生産法721条(Section 721 of title VII of the Defense Production Act of 1950)に基づき当該審査制度が運用されてきましたが、2018年の外国投資リスク審査現代化法(Foreign Investment Risk Review Modernization Act)の成立により、1950年国防生産法721条の規定が改正され、CFIUSの審査対象範囲の拡大や手続きの変更等が行われました。CFIUSの審査権限の及ぶ投資は、以下で説明する対象支配取引(covered control transaction)、対象投資(covered investment)および対象不動産取引(covered real estate transaction)の3つに分類され、これらに該当する取引に対して、取引の前後および取引当事者からの届出の有無にかかわらず、CFIUSは審査を実行することができます(Q2およびQ3参照)。CFIUSによる審査の結果、米国の国家安全保障上の脅威となる懸念がある取引については、大統領に報告され、大統領はその判断により、取引の中止等を命じることができます。

 CFIUSによる審査は、通常、取引当事者からの届出を端緒として開始されますが、当事者が米国への投資にあたりCFIUSに対して届出を行うかどうかは、一定の類型の届出義務がある取引を除いて、原則として当事者の任意となっています。そのため、届出義務のある場合を除けば、CFIUSへの届出を行わずに投資を実行することは可能です。ただし、上記のとおり、CFIUSは当事者からの届出の有無にかかわらず審査対象取引について審査権限を有するため、事後的に審査が実施されるリスクを回避する観点から、取引を行う前に自主的に届出を行い、CFIUSのクリアランス(承認)を得るべきか慎重に検討する必要があります(Q4参照)。

 なお、米国においては、CFIUSによる審査以外にも、特定の産業分野への投資に関する連邦規制や各州が定める州法による外資規制なども存在するため、実際に投資を行う際には、CFIUSに関する対応も含め、個別具体的に専門家に相談する必要がある点に留意が必要です。以下、本稿では、CFIUSによる審査制度についてのみ解説いたします。

(b) 英国の場合

 英国では、2002年企業法(Enterprise Act 2002)に基づき、一定の投資規制が行われていましたが、近時の国家安全保障上の懸念に対処するため、2022年1月4日、国家安全保障・投資法(National Security and Investment Act 2021)(以下「NSI法」といいます。)が施行されました。NSI法のもとでは、内閣府担当大臣(注1)は、国家安全保障への脅威が合理的に疑われる一定類型の取引(例えば、25%超の株式の取得。Q2参照。)を審査し、審査の結果、実際に国家安全保障への脅威が生じうると判断された場合には、当該取引の禁止等を命じることができます。また、審査対象取引のうち、特に国家安全保障上の懸念が生じやすい17の事業分野に関係する取引に届出義務が課され、取引を実行するには当局のクリアランス(承認)を得なければなりません(Q4参照)。

 米国の場合と同様に、NSI法の下でも、届出義務のない審査対象取引については当局への届出を行わずに実行することができます。ただし、内閣府担当大臣は届出の有無にかかわらず審査対象取引の審査を開始できるため、事後的に審査が実施されるリスクを回避する観点から、取引実行前に自主的に届出を行ってクリアランスを得るべきか慎重に検討する必要があります(Q4参照)。

 なお、金融システムの安定性、公衆衛生上の緊急事態への対応能力およびメディアの多様性に影響を及ぼす取引については、引き続き2002年企業法に基づく規制が適用される点には留意が必要ですが、以下、本稿では、NSI法について解説いたします。

【外資規制の対象となる取引】
Q2. 当社は、現在、米国および英国の対象会社に対するM&Aの方法として、(1)対象会社を完全子会社化する取引、(2)対象会社の少数株式(50%未満の持分)を取得する取引、(3)対象会社から資産を譲り受ける取引、の各方法を検討しています。それぞれ、米国および英国の外資規制の対象となるのか教えてください。
(1) 対象会社を完全子会社化する取引
(a) 米国の場合


■筆者プロフィール■

龍野 滋幹(たつの・しげき)龍野 滋幹(たつの・しげき)
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 パートナー弁護士・ニューヨーク州弁護士
2000年東京大学法学部卒業。2002年弁護士登録、アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所。2007年米国ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2008年ニューヨーク州弁護士登録。2007~2008年フランス・パリのHerbert Smith法律事務所にて執務。2014年~東京大学大学院薬学系研究科・薬学部「ヒトを対象とする研究倫理審査委員会」審査委員。国内外のM&A、JV、投資案件やファンド組成・投資、AI・データ等の関連取引・規制アドバイスその他の企業法務全般を取り扱っている。週刊東洋経済2020年11月7日号「「依頼したい弁護士」分野別25人」の「M&A・会社法分野で特に活躍が目立つ2人」のうち1人として選定。

内藤 央真(ないとう・てるま)内藤 央真(ないとう・てるま)
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 パートナー外国法事務弁護士(連合王国)
2000年ロンドン大学King's College London法学部卒業。2004年英国法弁護士登録、Allen & Overyのロンドン事務所入所、2018年にアンダーソン・毛利・友常法律事務所入所。英国法の弁護士として、プロジェクト・ファイナンス、クロスボーダー・ファイナンスとコーポレート法務を専門として、アジア・中東・南米・欧州における、電力、水、資源・エネルギー、船舶、インフラ、ECAファイナンスの案件を取り扱っている。Legal500の「Next Generation Partner」として選定。

水本 啓太(みずもと・けいた)水本 啓太(みずもと・けいた)
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 アソシエイト弁護士
2011年神戸大学法学部、2013年東京大学法科大学院卒業。2014年弁護士登録、2015年アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業入所。2022年米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)ロースクール卒業(LL.M.)、2022~2023年米国・ロサンゼルスのPillsbury Winthrop Shaw Pittman法律事務所にて執務。

中林 憲一(なかばやし・けんいち)中林 憲一(なかばやし・けんいち)
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 アソシエイト弁護士
2015年東京大学法学部卒業。2016年弁護士登録、アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所。2022年米国コロンビア大学ロースクール卒業(LL.M.)、2022~2023年英国・ロンドンのSlaughter and May法律事務所にて執務。

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