[書評]

2010年11月号 193号

(2010/10/15)

今月の一冊『公開会社法を問う』

宍戸善一、柳川範之、大崎貞和著 日本経済新聞出版社/2200円(本体)
法制審議会で会社法制の見直しの議論が本格化している。きっかけとなったのは民主党が提案した「公開会社法(仮称)」である。3人の著者は、同法が成立すると、日本の企業活動にマイナス効果を与え、産業の国際競争力は弱まると危惧する。暗いシナリオを何とか食い止めたいと鼎談の形で議論を開始した。法学者、経済学者、資本市場専門家と畑が違うので立体的に光が当てられている。ただ、「法と経済学」の考え方が土台になっている。


民主党の提案で一番話題となったのは、従業員選任監査役制度である。審議会の部会でも連合の委員が、不祥事の防止などを通じ企業価値向上に寄与するとして実現を求めている。これに対し、著者らは、日本の会社共同体の現状をむしろ強化することになると反対する。現在も、監査役や取締役は従業員出身者で占められる。これが日本企業の非効率な経営の一因とも言われ、監査役を含む取締役会改革は、社外監査役、社外取締役など外部の目による監視強化に置かれてきた。その流れに逆行するというのだ。


さらに同提案には、「企業の社会的責任」「株主、取引先、従業員、地域など利害関係者」と言った言葉が散りばめられ、また法務大臣の諮問では「会社を取り巻く幅広い利害関係者からの一層の信頼を確保する観点」が重視されるなど今回の見直しでは従業員が意識されている。

実は、企業の社会的責任を商法の中に規定しようという論争は昭和50年代初めにもあり、結局、商法でいうべきことではないと、下火になった過去の歴史がある(宍戸)。反対の論拠は、会社の社会的責任を商法に規定することにより、経営者に無制限の裁量権を与えてしまう危険があるという点にあった。政治献金などの歯止めが効かなくなり、利益の低迷の格好の口実にもなるからだ。


経営者の道しるべとして、「ステークホルダーみんなの利益を調整しながら経営してください」というより、「株主の利益の最大化を基準に経営してください」と示したほうが、企業の効率的存続に役立つし、ひいてはステークホルダー全体のためになる(宍戸)。「いろんな計器を常に見比べながら操縦するよりも、1個だけみていればとりあえずだいたい正しい方向に行くだろうという方が、会社を操縦する経営者としてはやりやすい。……あっちもこっちも気にしているうちに墜落しちゃう」(大崎)、「ある程度の社会的責任を果たさなければならないという議論は根強くあるが、会社法という枠組みを使うのかとなると、……仕掛けとして大き過ぎる」(柳川)と応じる。議論が深まり、鼎談ならではの面白さである。


日本のM&A法制の現状分析や今後の方向についても、興味深い議論が展開されている。日本は買収者の行為規制では、厳格な英国と緩やかな米国の中間にあり、経営者の行為規制は、緩やかな米国型を採る。しかし、時間稼ぎでなく、最終的に買収自体を拒否することまで認めた最高裁判例もあり、英米よりも買収防衛が緩やかに認められているという見方もできる。敵対的買収が起こりにくく、経営改善が遅れる原因にもなっている。民主党提案がいうような広範な全部買付義務を課すと、さらにその傾向が強まる(宍戸)。日本の防衛策は米国型を目指しながらいろいろな事件や裁判を経ながら整えられてきた不幸な経緯がある。将来、英国型に移行しても安定株主工作はむしろ激化する心配がある(柳川)などと指摘している。


世界の経済環境が変わる中、日本企業の相対的地位は低下するばかりである。どういう会社法制を目指せばいいのか。多方面から論議が期待される。本書はその魁の一つといえる。 

(川端久雄)

 
 
 

 

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