[書評]

2011年6月号 200号

(2011/05/16)

今月の一冊『包括利益と国際会計基準』

河合 由佳理 著 同文舘出版/3200円(本体)

『 包括利益と国際会計基準』日本の経営者は、これまで1年間にどれだけ利益を上げるかを目標としてきた。しかし、2011年3月期からは会社の富を どれだけ増やしたかも目標となる。当期純利益と包括利益を それぞれボトムライン(最終項目)とする二つの成績表を出すか、当期純利益を途中に挟み込んで包括利益をボトムライン とする一つの成績表を出すかを選択しなければならない。

純利益の重要性を主張してきた日本にとって、会計基準を 国際会計基準に合わせるため、やむを得ない措置だといっ た消極的な受け止め方が多い。これに対し、著者は、包括利 益の会計情報としての有用性を、理論と実証の両面から検 証している。

まず、包括利益の概念を整理する。会計基準の設定主体ごとに表現の違いはあるが、ある期間の資産と負債の差額、即ち純資産の変動額として捉える点では共通している。しか し、こうした従属的な定義では、包括利益の性格、特徴、本 質はつかめない。著者は、包括利益は、将来実現すると考え られる未実現損益を含む情報といい、予測情報を含む思考 が組み込まれた新たな利益概念だと積極的に捉える。ただし、その分、経営者の責任の範囲は拡大する。  

企業の未実現損益は、これまで、その他有価証券評価差額金などが純資産の部の評価・換算差額で表示されてきた。これからは、その変動額が「その他の包括利益」となり、純利益と合わせて包括利益として報告されることになる。

これまで会計では、過去の実績利益の信頼性に重きを置く、事後的な情報としての役割が重視されてきた。これが投資家の行う将来キャッシュフローの予測にも有用とされた。しかし、近年、金融投資や海外投資も増え、リスク要素が増えている。投資家も、時価による評価を取り入れた会計情報や、事前の期待値を示す会計情報を求めるようになっている。過去を取り扱っていた利益情報が未来の情報も取り扱うようになり、会計の役割が拡大しているのだ。こうした役割の変化に対する認識の相違が、会計基準設定主体の包括利益の位置付けの違いとして出ていると指摘する。

著者は、包括利益の理論的背景の解明も試みる。経済学者ヒックスの所得概念などを検討し、包括利益の概念が事前の期待値を含む点で、経済学的な根拠を踏まえた利益概念であることを明らかにする。

さらに実証研究にも取り組む。内外の先行研究を紹介したうえで、自らの研究結果も示している。一定の場合に、その他の包括利益の構成要素が株価に影響を与えている可能性を示す結果となったとしている。

今後、純利益はどうなるのか。著者は、包括利益と純利益の二つが業績評価で有用とする。純利益を否定する姿勢にあった国際会計基準審議会にも変化が見られるようになった。

では、純利益をどう蘇らせればいいのか。純利益は「実現」の概念で機能してきた。しかし、包括利益の概念が出てきたのは、実現やその概念の拡張では処理できないためだ。今後も、純利益を維持するのであれば、日本が提示した「リスクからの解放」概念のように、実現に代る新たな考え方が国際レベルでも必要としている。

本書は、著者の博士論文に加筆修正をしたものである。200頁余りの小著であるが、米国での会計の歴史、資産負債アプローチと収益費用アプローチの違い、利益計算方法の変遷、実現概念の変遷、国際会計基準審議会の動きなどが要領よくまとまっている。包括利益を知るうえで格好の手引書である。                
(川端久雄)

バックナンバー

おすすめ記事