[書評]

2011年7月号 201号

(2011/06/15)

今月の一冊『「グループ経営」の義務と責任』

舩津 浩司 著 商事法務/7000円(本体)

『 「グループ経営」の義務と責任』経営実務の現場も会計もグループ経営、連結決算の時代である。ところが会社法制の建て前はあくまでも法人格を基準とした単体の会社である。著者はグループ 経営の法的視点とは、上位会社が下位会社に法人格を跨いで何らかの働きかけを行うことだとする。実際、法律実務でもこうした場面が増えているのに日本には 企業結合法制と呼ばれるものがない。様々な立法論が展開され、法制審議会でも議論されているが、本書は敢えて現行会社法の枠内で大胆な解釈論を展開し、こ の問題解決の道筋を示している。

著者は、企業間の株式保有を広く企業結合状況ととらえ、親会社など上位会社の代表取締役らは上位会社に対し子会社など下位会社を適切に管理する義務、即ち「下位会社経営管理義務」を負っているとする。会社は機械設備などの資産を保有しているが、下位会社の株式も資産である。そうである以上、保有する下位会社株式を設備同様、活用する義務があるというのだ。議決権の行使だけでなく、事実上の影響力を行使するなどして下位会社の経営に一定限度で介入しなければならない。もし、下位会社で損失が発生し、それが上位会社さらには上位会社株主の損失につながった場合など、上位会社の株主はこの下位会社経営管理義務違反があったとして上位会社代表取締役らの責任を追及できるとする。

中心概念である下位会社経営管理義務の内容や限界などが詳述されている。この義務も下位会社に少数株主がいる場合には少数株主保護の法理が適用され、こうした介入も制約を受ける。
従ってグループ経営の効率性の観点からは、少数株主排除をすることが、上位会社代表取締役らに求められることになるというのだ。

従来、この問題は親会社株主の株主権縮減として、あるいは子会社の少数株主保護の視点から論じられてきた。親会社株主の権限の拡大や子会社少数株主に親会社への代表訴訟提権の賦与などが提案されてきた。著者はこうした視点を株主権アプローチと呼び、自らの視点を責任アプローチと呼ぶ。持株会社解禁、連結ベースでの開示など時代の変化とともに学問も進化しているのだ。

では、こうした解釈論が現実に機能するのか。著者は日本でこの問題のリーディングケースとなった三井鉱山事件を参考にしながら具体的に上位会社株主によるエンフォースメントの方策についても検討を加えている。同事件では、上位会社である三井鉱山の株主が下位会社の生じた実体財産の減少の一部について上位会社の損害ととらえ、代表訴訟で上位会社の取締役らに賠償を請求し、最高裁でも全面的に認められた。理論的に難しい問題点があるが、下位会社経営管理義務を認識することで多くは解決するという。また、同事件を契機に上位会社株主が端的に下位会社代表取締役の責任を問う多重代表訴訟が日本でも必要だとする立法論も展開されているが、著者は、下位会社の役員が実質的に従業員である実態からすると、代表訴訟の対象を取締役らに限っている現行制度との理論的整合性がとれなくなると反対する。

代りに代表訴訟と多重代表訴訟の中間的な解決方法を解釈論として展開する。会社法429条の役員らの第三者責任の規定を活用し、上位会社の株主(第三者)は任務懈怠のあった下位会社の代表取締役らの責任を問うことで直接、損害の回復を受ける方法だ。

本書には日本のこれまでの学説などが詳細に紹介されているほか、ドイツ、米国の状況について比較法的に研究した成果が解説されている。下位会社経営管理義務もドイツの支配権行使義務からヒントを得たものだ。ドイツでは、企業が別の企業に一定の出資をした場合、単に配当を受け取るだけでなく、出資にかかわる支配的影響力を企業家的に利用する義務があるとされる。株式の持ち合いは盛んなのに、多くはサイレント株主にとどまる日本企業は、こうした議論をもっと参考にすべきだと思う。

著者は、同志社大准教授である。東京大学卒業後、民間企業に勤務したが、学者を目指し、大学院で博士課程を修了した。本書は博士論文に加筆修正を加えたものだ。サラリーマン生活が連結経営の内容を法的に探ろうという発想に役立っているのではないか。回り道もまんざら悪くない。

(川端久雄)

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