[書評]

2012年12月号 218号

(2012/11/15)

今月の一冊 『世界の99%を貧困にする経済』

 ジョセフ・E・スティグリッツ 著 楡井 浩一、峯村 利哉 訳/徳間書店 / 1900円(本体)

『世界の99%を貧困にする経済』 ジョセフ・E・スティグリッツ著 楡井浩一、峯村利哉訳 徳間書店 / 1900円(本体)   米国は資本家が労働者に勝利し、上位1%の裕福な人たちが99%の人々から富を吸い上げ搾取する不平等大国になり、経済・政治・社会に深刻な影響を与えている--ノーベル経済学賞を受賞した米国の学者スティグリッツは本書でこう警告し、改革の処方箋を提示している。

   まず、統計値を使い、上位層への富の集中、不平等の驚くべき実態を明らかにしていく。上位1%の人々が国民所得の20%を得ている。企業のCEO(最高経営責任者)と平均的労働者との給与格差は200倍以上になった。格差はこの30年間で広がり、今回の金融危機でさらに拡大した。数千億ドル規模の銀行救済が行われ、原因をつくった銀行家にボーナスが支払われたのに、多くの人が失業し、何百万人もが住む家を失った。もはや放置できない状態になっているというのだ。

   上位層に富をもたらす原動力となるのが「レント」だ。レントは、元々は土地からあがる収益(地代)の意味だが、所有することから生まれる収益や独占力による超過利潤を指すようになった。富裕層や企業はこのレントを求める活動をしている。天然資源会社が採掘権を格安で手に入れるのが一例だ。製薬企業も政府の高額の薬価決定でレントを得ている。効率的な市場経済を標榜しながら、実際はロビー活動などで歪められた経済になっているというのだ。

   さらに最上層は政治家を使って、自分たちに利益をもたらす政策を実行させている。市場の仕組みも自分たちが搾取できるように構築した。税制や財政政策でも、逆累進課税、政府支出の削減、社会保障の縮小を勝ち取った。さらに中央銀行(FRB)の通貨政策でも、インフレ重視に焦点を合わさせ、失業率を軽視させるのに成功した。インフレ抑制は富裕層である債券保有者の利益に適うものであり、失業率の上昇は労働者の生活に打撃を与えるものだ。法の支配の場面でも、正義を金で買えるような法規制や運用が行われるようになっている。

   中位層以下の一般大衆がこうしたことに疑問をもたないように最上層は、マスコミや専門家らを使って思想を支配し、大衆の「認知操作」をしてきた。例えば規制のない市場が効率的で、勝者が利益を増大し、豊かになることが、だれにとっても好ましく、全員の利益にもなると信じ込ませてきた。このために経済学の限界生産力説やトリクルダウン(浸透)効果といった概念も使われてきた。

   著者は、2011年、米国の現状を「1%の1%による1%のための政治」と言い表した。まさに「裸の王様」に「裸の王様」だと気づかせたのだ。これをきっかけに若者たちの「ウォール街を占拠せよ」の抗議活動のスローガンが「我々は99%だ」になった。

   本書の原題に「The Price of Inequality」とあるように、米国は不平等の拡大により今、大きな代償を支払わされている。中流層の空洞化や貧困層の増加で消費需要は減退し、経済は停滞している。選挙に金がかかり、1人1票が1ドル1票といわれるようになり、民主主義は危機にさらされている。金持ちの子がエリート大学へ進み、富が世襲されるため、階層が固定化した分断社会になっている。底辺から頂点へ駆け上がるアメリカンドリームはもはやおとぎ話になり、機会均等と公正な社会を誇りとしてきた国ではなくなっている。

   いや、この代償は米国だけにはとどまらないだろう。世界最大の資本主義国家のありようがマルクスが表現した「搾取」国家では、資本主義の夢や未来はない。

   本書にはさりげなく、著者の人となりも出ていて、なぜ著者が本書を書き上げたのかも分かる。差別の存在する国と街で育ち、子供時代に故郷で不平等、失業、不況を目の当たりにした。大学は物理学を専攻したが、途中で不公平の根本的原因を突きつめるため、経済学に転向し、不平等をテーマに博士論文を書いた。それ以来、米国の経済学の標準的モデルとは異なる代替モデルを探究し続けてきたというのだ。

   著者は、最後に今はまだ希望の灯火が消えていないとして、必要な政治と経済の改革方針を示している。米国を追いかけてきた日本も他人事ではない。格差や不平等は拡大し、経済の長期低迷が続く。先行きが見えない日本からも、こうした警世の書が出ることを望まないではいられない。
(川端久雄<編集委員、日本記者クラブ会員>)
 

バックナンバー

おすすめ記事

アクセスランキング