[書評]

2013年4月号 222号

(2013/03/15)

今月の一冊 『〔決定版〕ほんとうにわかる財務諸表』

 高田 直芳 著/PHP研究所/3600円(本体)

『〔決定版〕ほんとうにわかる財務諸表』 高田直芳著 PHP研究所 / 3600円(本体)   タイトルからお手軽なハウツーものかと思いきや、実に内容豊富で読み応えがあって、本当にタイトル通りの本であることを実感した。簿記の歴史や仕組みから最新の包括利益まで網羅されている。会計学を学ぶ学生の入門書にもなるし、企業で財務会計に携わる者にとっても知識の整理、リフレッシュに役立つ。複雑怪奇な日本の財務諸表の姿を快刀乱麻の腕の冴えで見事に描き切っている。 

   まず財務諸表をつくる前提となる簿記や会計のことが分かり易く説明されている。学ぶうえで「難所」「鬼門」が幾つかある。借方、貸方の概念もそうだ。その名称のいわれ、左右の配置について昔から語り継がれている覚え方が図で説明されている。思わず、そうかと頷いてしまう。減価償却の解説も分かり易い。税効果会計も難所だが、本書を読んで、初めて理解できた。「『枯れ尾花』じゃないかで終わる話」という著者のコメントに、初めは半信半疑だったが、本当にそうだったと読後感を持つ。

   難所を越えたところで、「先へ進むべきかどうか。その奥には実は、恐ろしい魔物が潜んでいます。引き返すのなら、いまのうち」とあって一瞬立ち止まるが、「勇者は先へ進む」という言葉に誘われて読み進む。やがて、企業会計原則、費用収益対応の原則、費用配分の原則、認識→測定→記録→表示の区分、貸借対照表・損益計算書・包括利益計算書など財務諸表の意義、損益アプローチ・資産負債アプローチの会計思想など、簿記・会計・財務諸表全般の知識が身についていることに気がつく。

   著者は、日本の財務諸表は世界でも類を見ないほど錯綜し、理解を難しくしているという。元々、会社法会計、金商法会計、税法会計が対立していたところに、米国会計基準や国際会計基準がなだれ込んできている。企業は誰のものかという会計主体論で、会社法は親会社説を墨守しているが、21世紀になり、金商法が経済的単一体説を強め、そちらに徐々に移行している過渡期にある。そのため、純資産や純利益では両説が入り乱れた状態にあるという。

   なるほど、それで連結損益計算書と連結包括利益計算書で、なぜ利益が何種類もあって、珍妙な重構造になっているかが理解できる。理論面で筋が通っていても、被害を受けるのは、財務諸表を作成する現場の担当者であり、利用者である。これを当然として受け入れるのではなく、おかしいと叫ぶ著者の姿勢に共感を覚える。

   本書には著者のオリジナルな企業観も示されている。企業は複利の連鎖を実践している生き物だという。資本金を元手に、企業活動をし、そこで稼いだキャッシュを再投資していく。元手の増加分が利益剰余金で、利息増殖分に当たる。

   そこから純資産について「会社設立以来の元利合計額」と積極的に定義する。一般には「純資産とは、資産と負債の差額をいう」と消極的な差額概念でしか定義されていないのと比べて大違いである。簿記や会計の歴史をたどっても、この積極的な定義に説得力があることが分かる。会社が生まれた当初は貸借対照表だけで足りた。ところが産業革命後に企業活動が活発になり、損益取引が毎日のように発生するようになる。純資産を増減させるだけでは追いつかなくなり、純資産には資本取引だけを残し、損益取引が分離され、損益計算書が考案されるようになった。実態面、歴史面から純資産の意義を本書で一貫して解説している。

   専門家の責務は、難しいことを平易に説明することと著者はいう。図表もふんだんに取り入れている。学者の書く教科書より遥かに分かり易い。560頁余りの大書を読者が読み進めるように工夫も凝らされている。狂言回しの登場人物を置き、各節ごとにその主題にあった小説などの言葉が引用されている。出典の豊富さと意外性に驚き、知性の高さに感心する。著者は公認会計士で、公認会計士試験試験委員も務める。
   (川端久雄<編集委員、日本記者クラブ会員>)

 

 

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