[書評]

2013年9月号 227号

(2013/08/15)

今月の一冊 『フェリックス・ロハティン自伝―ニューヨーク財政危機を救った投資銀行家』

 フェリックス・ロハティン 著、渡邊 泰彦 訳/鹿島出版会 /2400円(本体)

今月の一冊 『フェリックス・ロハティン自伝―ニューヨーク財政危機を救った投資銀行家』 フェリックス・ロハティン 著、渡邊 泰彦 訳/鹿島出版会 /2400円(本体)  米国で50年にわたり300件以上のM&Aを手掛けてきた人物の回想録である。1960年代の大合併の時代を経て、80年代の敵対的買収の隆盛、2008年のリーマン・ショックまでの米国のM&Aの歩みと金融市場の変化が生きいきと語られている。

  ロハティンはユダヤ人で、12歳のときにナチス占領下のパリから命からがら米国に逃れた。大学卒業後、投資銀行業がどんな職業かも知らずに、人の縁で中堅投資銀行のラザード・フレールに勤め、M&Aビジネスに携わることになった。

   60年代半ばから70年代にかけ米国はコングロマリット全盛の時代で、熱狂的買収ブームが巻き起こる。働き盛りのロハティンはその先頭を走る。電話会社の巨大企業ITTを、利益の出る世界企業につくり上げようとする野心的なCEOに気に入られ、右腕となって保険会社など大規模買収を次々に仕掛けていく。

   当時、合併や買収は友好的に行うことが市場の不文律となっていたが、70年代に入り、モルガン・スタンレーがその禁を破る。老舗の投資銀行が追随し、80年代、敵対的買収が一世を風靡する。ロハティンは敵対的買収は好みでなく、限定的にしか携わらなかったと言うが、その時代を象徴する乗っ取り屋や彼らを支えた新しい世代の戦闘的投資銀行家、弁護士らの姿も描かれて興味深い。敵対的買収を金融面で支えたジャンクボンド(低格付け債券)やLBO(レバレッジド・バイアウト)の仕組みなどもよく分かる。

  M&Aの歴史に残るRJRナビスコの経営陣によるLBO(MBO)にもロハティンは関与した。88年のことだ。取締役会に設置された特別委員会の財務アドバイザー(FA)を務めたのだ。どうしたら株主のために最善の価格を実現できるか。投資会社のKKRなどに働きかけるなどして、競合入札に持って行く。息詰まるドラマが再現されている。入札価格が示されると、価格など条件を総合的に判断し、どれが最善か、専門家の立場からアドバイスする。取締役会に、きちんとした見解を共有してもらい、訴訟になっても覆されないようにして、売却先を決めてもらう。このあたりの記述は、MBOが盛んになった日本でも参考になる。こうして当初、経営陣が示していた価格から5割近くアップした価格をKKRから引き出すのに成功した。しかし、はしゃいだ気分にはなれなかったと述懐する。従業員を犠牲にし、優良会社に過度の負債を負わせるLBOへの疑問を率直に語っている。

   日本の案件もある。その一つが90年の松下電器産業(現パナソニック)による映画会社MCAの買収だ。MCA側のFAを務めた。依頼を受けた当初から、この案件には懐疑的だったと言う。素性や企業文化があまりにも違いすぎたのだ。MCAは極めてユダヤ的、ハリウッド的、排他的なのに対し、松下は老舗で序列・秩序に厳しい会社である。案の定、松下は買収に成功したが、効果を出せず、5年後に売却せざるを得なかった。M&Aが成功するためには「仲良く一緒に仕事ができなくてはならない」ことを学んだとしている。

   投資銀行家の生活を終えた後、ロハティンは少年時代を過ごしたフランスに米国大使として赴任する。名誉ある里帰りである。任期を終えて米国に戻ると、再び金融界に戻り、リーマン・ブラザーズのコンサルタントに就任し、リーマン・ショックを迎えた。段ボール箱に荷造りして、引き揚げた一人だ。80歳を過ぎていた。これも運命のいたずらなのだろう。そして、投資銀行家としての人生を振り返り、生き証人として危機の原因を探る。

  RJRナビスコのLBOでウォールストリートの強欲がピークに達し、この時代に生まれた思考や文化がその後も生き続けた。借金漬けで高レバレッジの商品や投機が主流となる。リーマンを崩壊させた住宅抵当証券類もジャンクボンドの「継子」だと言う。市場資本主義を正しく機能させるためには市場はフェアでなければならず、一部の者の強欲を抑えるため金融規制と監督が必要だとする。

   M&A観も語られている。M&Aは数字だけの財務取引ではない。新しい雇用とより良いサービスを提供する革新的な会社の誕生や提携をもたらすものでなければならない。経済を効率的に活性化させるためには従業員や地域社会への配慮も欠かせないと言うのだ。

   本書は波乱万丈の人生を送った人物の自伝としても面白い。人生は幸運と失望が待ち受ける旅だと言い、ビジネスも運任せと達観しながら、与えられたチャンスを鉄の意思でものにする。アメリカンドリームの体現者だ。投資銀行家という仕事にも魅力を覚える。一流企業のトップや時代の大立者から社会の裏側で力を持つ人にまで会える仕事だとわかる。

   サブタイトルのニューヨーク市の財政危機は1970年代後半の出来事で、ロハティンはその危機を救った人物としても米国では知られている。元々、原書のタイトルにはなく、日本で財政赤字に関心のある読者向けにつけたのだろうが、逆にM&Aと関係がないと誤解を与えるのではないかと心配する。

(川端久雄〈マール編集委員、日本記者クラブ会員〉)

 

 

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