[【小説】経営統合の葛藤と成功戦略]
2014年3月号 233号
(2014/02/15)
山岡ファイナンスサービス社と渋沢ファイナンスコーポレーション社は、経営統合を数カ月後に迎えようとしていた。そんな中で、渋沢FS社の社長であり統合新会社の社長就任が決まっていた飯塚良に、末期癌が見つかった。
渋沢FC社の統合推進事務局長である横山友樹は、嗚咽しながら、山岡FS社の統合推進事務局長である松尾明夫に事態を打ち明けていた。
統合新会社の社長としての覚悟
山岡FS社の統合推進事務局長である松尾明夫は、統合相手である渋沢FC社の親会社銀行の本店を出ると、車を拾うこともせずにそのまま歩き出した。決して混乱しているわけではないが、少なくとも頭と心を落ち着かせ鎮める必要があると感じたからだ。何も考えずに人波についていくように横断歩道を渡り、松尾はそのまま数ブロックオフィス街を歩いた。
丸の内は夕闇に深く包まれようとしている。気が付けば、頬にあたる風も随分と冷え込んでいる。それでも思いのほか沢山の人が歩いていた。仲通りに設置された、煌びやかなイルミネーションの影響かもしれない。頬を刺すような冷え込みであったが、無数のLEDが飾られた木々からは普段よりも一層透き通った光が放たれているようだった。
なぜかわからないが、松尾にはいつにも増して多くの人が楽しそうに活き活きとして見えた。そしてそれが無意識的に、松尾に理由のわからない不快感と不安感をもたらしていた。
松尾はこれから何をすべきかが、正直なところその時にはよくわからなかった。事務局長として、そして経営企画室長として今後の状況にいかに対応すべきかを考え、経営層に話をしなければいけないはずだ。
しかし、役員応接室で嗚咽した渋沢FC社事務局長の横山友樹の姿が頭から離れず、うまく物事が考えられない。決して表には出さない、そして特に統合相手会社には決して見せることはない飯塚良社長の経営者としての姿勢を、横山は一番近くで見てきたのであろう。M&Aという有事に際して、新会社の社長に就任するという立場から、どれだけ親会社から疎んじられようとも飯塚社長は通すべき筋を曲げなかった。そんな飯塚に対して、横山は平時では感じ得ることができなかった畏怖と畏敬の念を抱かずにはいられなかったのだろう。
直接仕えていたわけではない松尾には、飯塚社長のそのような人柄はもちろん深くは知り得ない。しかし横山という人間が心から苦しみ、そして感情を抑えきれず涙したということが、松尾の心に重い何かを投げかけていた。
マールオンライン会員の方はログインして下さい。ご登録がまだの方は会員登録して下さい。
[Webマール]
[Webマール]