[書評]

2014年5月号 235号

(2014/04/15)

今月の一冊 『ものづくりを超えて――模倣からトヨタの独自性構築へ』

 和田 一夫 著/名古屋大学出版会/5700円(本体)

今月の一冊 『ものづくりを超えて――模倣からトヨタの独自性構築へ』和田 一夫 著/名古屋大学出版会/5700円(本体)  日本の製造業の代表とも言えるトヨタ自動車の独自性、即ち強さとは何か。「かんばん方式」とか「ジャスト・イン・タイム」とかを思い浮かべる。細い水が淀まず絶えることなく流れるようにする効率的な生産システムのことだ。現場での「カイゼン」も加わる。従来のトヨタ研究は製造現場での管理に重きを置いていた。これに対し本書は、ものづくりの現場を超えて、情報システムの観点からも光を当てる。タイトルの『ものづくりを超えて』にこの含意が込められている。日本のものづくりの研究に新たな一石を投じるものだ。

  「かんばん」は工程間の情報連絡に使われるもので、部品の品番など必要事項が記載されている。生みの親と言われる大野耐一が著した『トヨタ生産方式』(1978年)には「かんばん」の写真が掲載されている。

  著者は30年以上も前のこの写真から謎解きの探索を始める。この写真の「かんばん(外注かんばん)」は、部品のサプライヤー(仕入れ先)との間で使われるもので、情報はバーコード化されている。

  では、いつからバーコードが記載されるようになったのか。何のためだったのか。著者は疑問を自らに問いかけ、資料を探し、当時のグループ会社の社内報のある記事を発見する。そして1977年から始まったことを突き止める。目的はトヨタとサプライヤー間の資金決済用の帳票作成を容易にするためだった。日本でまだバーコードが普及していない時期にバーコードを利用していたこと自体、情報技術の利用として先進的な取り組みだった。これが「トヨタ生産方式」の近代化に大きく寄与していくのだ。

  実はトヨタの情報機器の利用は早かった。1954年からIBM機を利用し始め、利用範囲を拡大していく。コンピューター利用で、最大の難関として残されたのが「部品表」である。1台の乗用車は何千、何万の部品から構成されている。部品表は、部品の構成一覧で、膨大な書類・図面からなる。モデルチェンジで更新したら、サプライヤーに連絡しなければならない。大変な事務量だ。部品表がコンピューター化できないと、部品購入業務の機械化にも限界がある。競争力強化のためには部品表のコンピューター化が悲願だったが、1975年に完了した。約20年の長くて困難な道のりをへて、コンピューター利用による生産管理は一応、完成の域に達したのだ。

  多数の部品を使う日本のものづくりは、欧米の技術や管理方式の模倣から始まったが、これによりトヨタで独自性を主張できる方式が一応の完成をみたと著者は言う。

  さらに、著者の目は海外展開に向かう。トヨタが海外生産を拡大していくのは1990年代に入って以降である。トヨタの海外展開が遅かった理由について、いろいろな見方ができる。国内市場が拡大していたからだとか、95年に日米自動車交渉が最終決着するまで米国からの政治的圧力が弱かったからだという見方もある。これに対し著者は「トヨタ自体に海外生産を積極的に展開する条件が整っていなかったからではないか」と問う。

  新聞や資料を読み、実はトヨタが事業活動をより国際的に展開しようとしたときに、経営の根幹となる部品表システムが「巨大な恐竜」になり、その再構築が大きな課題と浮かび上がっていたことを明らかにする。すでに進出していた海外工場では、不十分な部品表が使われていて、原価の把握もままならない状況だった。

  トヨタの強みの一つは、原価を正確に把握し、その低減を進めることにある。その強みが海外工場ではなかった。こうした状況を把握している経営陣にすれば、海外での生産工場を積極的に建設していく意思決定はなかなか下せない。これがトヨタの海外展開が遅かった理由の一つであろうとしている。情報システムと関連づけた新しい見方を提示しているのである。

  トヨタは新しい部品表再構築のプロジェクトに取り組み、2003年に完了した。これにより、世界戦略車の市場投入に成功し、グローバル企業に近づく。しかし、研究開発から物流まで一切を海外で完結させることを成し遂げた企業が真のグローバル企業だとすれば、トヨタはまだその域には達していないとしている。

  著者は経営学者として、トヨタが生み出した生産を管理する仕組みに注目し、30年にわたり、トヨタを研究の対象にしてきた。関係者へのインタビューや、定点観測として長年、工場見学などを続けてきた。その過程で資料が積み上がったと言う。東大教授を早期退職し、新たな環境で本書を書き上げた。『ものづくりの寓話―フォードからトヨタへ』などトヨタに関連する著書も多いが、本書はその集大成である。

  研究者が到達した結論だけでなく、そこにたどり着くまでの過程や方法論も語られている点でも興味深い。神は細部に宿ると言うが、資料の細部を読み込んで解明した箇所など推理小説さながらの面白さがある。社史の性格・限界を語り、社史を読み込む方法も示されている。インタビューをしても、数十年前の記憶は風化・混乱している可能性も高いとして、当時の資料をたどり、孫引きでなく、原資料を探す。そのうえで思索を繰り返す。研究者の知的営為に改めて敬意を覚えた。

(川端久雄〈マール編集委員、日本記者クラブ会員〉)
 

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