[書評]

2015年11月号 253号

(2015/10/15)

今月の一冊 『会計の変革―財務報告のコンバージェンス、危機および複雑性に関する年代記』

 ロバート(ボブ)・H・ハーズ著、杉本 徳栄、橋本 尚 訳/同文舘出版/3600円(本体)

今月の一冊 『会計の変革―財務報告のコンバージェンス、危機および複雑性に関する年代記』ロバート(ボブ)・H・ハーズ著、杉本徳栄、橋本尚訳/同文舘出版/3600円(本体)  2000年代はエンロン事件や金融危機などが起き、会計がクローズアップされた。著者はその時期に米財務会計基準審議会(FASB)の議長を務めた。この間、米国の会計基準と国際会計基準(IFRS)とのコンバージェンスも進んだ。本書は8年にわたる議長としての回顧録を中心に、その前の半生も語った自伝である。

  著者は米国人だが、英国の大学で学び、英国の勅許会計士の資格を取った。その後、米国に戻り、大手会計事務所(クーパース・アンド・ライブランド、C&L)に入る。80年代半ばからウォール街でM&Aのストラクチャリングの仕事に従事した。米国では会計規則に、多くの例外や数値基準などがあるため、取引を形の上で少し変えるだけで、利益を水増しできる。著者はこうしたテクニックに長けていて、「悪者ボブ」として知られていた。細則主義に基づく会計基準の弊害を体験していたため、後に会計基準設定者となると、原則主義に基づく会計基準を支持するようになる。

  1998年、勤めていた会計事務所(C&L)が英国のプライスウォーターハウス(PW)と合併した。PwCの幹部になり、IASB(国際会計基準審議会)の理事もしていた。ところが、エンロン事件など会計不正で、米国の会計基準の信頼が失墜すると、その立て直しのため、2002年、FASBの議長に抜擢された。そして2008年、リーマン・ブラザーズの破綻など金融危機が起こると、その処理に当たり、2010年に任期を残し、突然辞任した。当時まだ、50代後半で、今後の動向が注目されている人物である。

  著者は単一の高品質でグローバルな会計基準の推進論者である。このため、米会計基準とIFRSとのコンバージェンスに積極的に取り組んだ。議長に就任すると、直ちにコンバージェンスを戦略目的の一つに掲げ、IASBとノーウォーク合意をした。二つの会計基準の間の差異を無くすための作業などに共同して取り組むことになったのだ。

  FASBとIASBによって行われた短期コンバージェンス・プロジェクトやその後の共同プロジェクトの内容、経緯、成果などが詳しく語られている。ただ、米国ではFASBはあくまでも会計基準設定主体に過ぎず、IFRSに移行するのか、どのような形で取り込むのかを決めるのはSEC(証券取引委員会)だ。方式として、IFRSをそのまま取り込むアドプション方式もあれば、一部を修正・削除して取り込むエンドースメント方式などもある。

  著者は、エンドースメント方式は、国ごとにIFRSのバリエーションをもたらすことになるとして、アドプション方式を支持している。ただし、米国がIFRSをアドプションできるように高品質な基準に改善される必要があると条件を付ける。FASBとIASBのコンバージェンス作業はこの流れの中で行われていた。

  ところが肝心のSECは、方針が揺れ動いている。2008年にアドプションを目指してロードマップがつくられた。そこでは、2011年にアドプションするかどうかの判断をするとしていたが、先延ばしされ、翌年、提出されたスタッフ最終報告書では、その時期や方法について何も示されていなかった。

  著者は米国抜きでは、IFRSは真に国際的な会計基準にならない。SECはIFRSの取り込みへ向けての道筋を明確にする必要があるし、もしエンドースメント手続きで行うなら、いつどのように行うのかの概要を明らかにする必要があると注文している。そして自身の経験に基づいた推測では、SECは結局、エンドースメント手続きを提案することになるとしている。

  本書は自伝としての面白さもある。仕事は、その道のプロとして、人として成長する機会を与えてくれたと言い、40年間、仕事が永遠の伴侶だったと振り返る。家族の忍耐、理解、励ましが力の源泉だとし、家族に感謝している。

(川端久雄〈マール編集委員、日本記者クラブ会員〉)

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