[視点]

2018年7月号 285号

(2018/06/15)

アナリストのM&A評価における潜在的バイアス

 井上 光太郎(東京工業大学・工学院教授)
 石山 孝高(東京工業大学・工学部井上研究室)
  • A,B,EXコース
 証券会社のアナリストは、担当企業に関する新たなニュースがあれば、それに対する評価を投資家にレポートする。そこに含まれる情報は、担当企業の企業価値に関する客観的でバイアスの無い評価であるべきだが、様々な理由からその評価がバイアスをもつことがある。例えば、Ljungquvist et al.(2007)など多くの実証研究は、米国では自社の投資銀行部門(以下、IBD)が資本調達の主幹事に入っている企業に対してアナリストは楽観的なレーティングを出す傾向があるという研究結果を示している。そうした問題を踏まえ国内外でアナリストに対する規制強化が進められているが、これによりアナリストの評価におけるバイアスが消滅したと考えるのは、いささか楽観的かも知れない。M&Aに関して言えば、証券会社の重要顧客の企業が行うM&Aに対するその証券会社のアナリスト評価に、楽観的なバイアスがかかる可能性がある。さらに、そうしたバイアスが証券会社の将来の収益につながるかも知れない。実際、Boudry et al.(2011)は、米国では楽観的なアナリストの評価は、その証券会社と評価対象企業の将来の取引関係につながる可能性を高めるという分析結果を示している。そこで、本稿では証券会社の重要顧客が発表するM&Aに対するアナリスト評価において、楽観的方向へのバイアスが存在するかを実証分析の視点で議論する。
 サンプルは、東証一部上場企業が2010年から2016年の7年間に行ったM&Aに対するアナリストの評価である。アナリストの所属する証券会社にとりM&A実施企業が重要顧客であるケースとして、証券会社が株式の主幹事証券であるケースと、当該M&Aのファイナンシャルアドバイザー(以下、FA)であるケースとした。筆者は、証券会社のIBDから直接の圧力がアナリストにかかるとは予測しておらず、むしろアナリスト個人が自然な配慮(流行り言葉で言えば“忖度”)により楽観的な評価を下す可能性を考えている。自社のIBDが評価対象企業の主幹事や、M&AのFAであることは公開情報なので、アナリストは事前に認知している。
 本稿で用いるM&AデータはThomson One、アナリストデータはBloomberg、主幹事証券会社は会社四季報よりそれぞれ取得した。本稿ではアナリストデータが分析期間を通して取得でき、かつ株式の主幹事やM&AのFAのリーグテーブルに入る主要証券会社7社(野村證券、大和証券、SMBC日興証券、みずほ証券、三菱UFJモルガンスタンレー証券、ゴールドマンサックス証券、JPモルガン証券)のアナリストの、分析期間中のM&Aに対する評価を分析対象とした。
 本稿では、以下の回帰モデルで分析を行う。
アナリスト評価
 左辺のアナリスト評価は被説明変数であり、

この記事は、Aコース会員、Bコース会員、EXコース会員限定です

マールオンライン会員の方はログインして下さい。ご登録がまだの方は会員登録して下さい。

バックナンバー

おすすめ記事