[寄稿]

2022年9月号 335号

(2022/07/27)

公正取引委員会における「企業結合審査」の概要と最近の動向

ーーM&Aにおける独禁法の理解に向けて

岩下 生知(公正取引委員会 審査局第四審査長<前経済取引局企業結合課長>)
  • A,B,EXコース
※本記事は、M&A専門誌マール 2022年9月号 通巻335号(2022/8/15発売予定)の記事です。速報性を重視し、先行リリースしました。

はじめに~企業結合審査とは何か

 一般にM&Aと呼ばれるものには、合併、株式取得、分割承継等と様々な手法がある。これらはいずれも、当事会社にとっては事業の拡大や成長を目指すといった様々な目的のための有効な手段となる。その一方、M&A(以下では「企業結合」と総称する。)は、いずれも複数の会社間に共同して事業活動を行う関係を築くものであり、例えば、それまで相互に競争していた会社が企業結合により経営的に統合された場合、競争単位が減少することを通じて、企業結合前よりも市場における競争が不活発になることがある。

 独占禁止法は、企業結合により「一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合」には、そのような企業結合をしてはならないとしており(独占禁止法第10条第1項等)、公正取引委員会は、独占禁止法に違反する企業結合に対して排除措置を命ずることができる(独占禁止法第17条の2)。

 実際には、独占禁止法により禁止されることとなるような企業結合、すなわち、市場(一定の取引分野)における競争を実質的に制限することとなるような企業結合は必ずしも多いわけではない。このため、世の中のあらゆる企業結合について独占禁止法による制限を課す必要はないが、企業結合は、一度実行してしまってから独占禁止法上問題があると判明しても、元に戻すことは容易ではない(合併の場合をイメージすれば分かりやすいだろう。)。

 そこで、独占禁止法は、独占禁止法上の問題を引き起こす可能性のある企業結合をあらかじめ公正取引委員会が発見できるようにするため、一定規模以上の企業結合については公正取引委員会への事前届出を義務付けている。公正取引委員会では、こうして届出がなされた案件を中心に、企業結合計画が独占禁止法上問題を生じさせるか否かについての審査(以下「企業結合審査」という。)を行っている。

 公正取引委員会では、毎年、前年度における企業結合関係届出の状況と主要な企業結合事例を公表しているところ、2022年6月22日には2021年度の届出状況及び主要な企業結合事例を公表した(注1)。本稿では、必要に応じてこれらの事例に触れつつ、公正取引委員会が行っている企業結合審査の概要とともに、近年とりわけ注目を集めているデジタル分野における企業結合審査の取組について紹介したい。

1. 独占禁止法に基づく企業結合審査の流れ

 公正取引委員会では、企業結合計画に係る審査の手続を説明するガイダンスとして「企業結合審査の手続に関する対応方針」(2011年6月14日公表。以下「企業結合手続対応方針」という。)を策定している。

(1)届出を要する企業結合計画

 「はじめに」で述べたとおり、一定規模以上の企業結合については公正取引委員会への事前届出が義務付けられている。事前届出が必要となる基準(以下「届出基準」という。)は、企業結合の態様によって多少異なるが、例えば株式取得の場合であれば、当事会社の国内売上高及び議決権保有割合からなっている。すなわち、株式取得の場合であれば、国内売上高が200億円超の企業グループに属する会社が、国内売上高が50億円超の会社(その子会社の国内売上額を含む)の株式を取得する場合であって、その議決権保有割合が20%又は50%を超えることとなる場合には、株式を取得する会社は、当該株式取得を実行する前に企業結合計画を公正取引委員会へ届け出なければならず、届出受理の日から30日間は当該株式取得を実行してはならないとされている(図表1参照)。

 届出基準を満たす企業結合計画について届出を受理すると、公正取引委員会では、当事会社が企業結合の実行を禁じられている期間である30日間のうちに独占禁止法上の問題の有無を審査することとなる。届出のあった企業結合計画について、届出受理の日から30日以内に公正取引委員会が独占禁止法の規定に照らして問題がないと判断した場合は、この期間内に当事会社に対して排除措置命令を行わない旨の通知を行い、審査が終了する。この届出受理日から30日以内に行われる審査は便宜的に「第1次審査」と呼ばれており、届出のなされる企業結合の大部分は第1次審査で終了することとなる(図表2参照)。

 実際、過去5か年度に受理した届出の処理状況をみて分かるとおり、平均して年間300件強の届出がなされているうち、次に述べる第2次審査に進んだものは毎年1、2件に留まっている(図表3参照)。

 一方、第1次審査の結果、更に詳細な審査が必要であると判断した場合には、

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