I ESGアクティビズムとは
アクティビストという用語に統一的な定義はないが、「株式を一定程度取得したうえで、その保有株式を裏付けとして、投資先企業の経営陣に対して積極的に提言を行い、企業価値または株式価値の向上を目指す投資家」という意味で用いられ、アクティビズムとはそのような株主の行動ないし活動を意味する用語として用いられることが多い。より具体的には、アクティビストは、企業への働きかけを通じて自己の利益の最大化を目指す、いわゆる「物言う株主」であるファンドを指す用語として用いられることが一般的である(注1)。そして、このようなアクティビストファンドは、短期的な利益を追求する必要があることから、会社の資本政策・株主還元に関する提言を行うことが通常である。その他、他の株主の賛同を得やすい、政策保有株式の保有制限、任意の委員会の設置、役員報酬の個別開示などのガバナンスに関する事項についても提言を行うことが多い。ただし、環境や社会問題に関する提言は企業の利益に直結するものとは捉えられていなかったこともあり、これまで一般的ではなかった。
一方で、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が責任投資原則(PRI)に署名して以降、日本においても注目を集めるようになったESG投資については、GPIFの推進もあり、ますます拡大を続けている。また、企業においても、中長期的な成長を実現していくためにはESG要素を含むサステナビリティへの配慮が不可欠という認識が強まり、リスクとしてのみならず収益機会をも意味するサステナビリティ課題への取組みの強化が課題となっている。2021年6月に再改訂が行われたコーポレートガバナンス・コード(以下「CGコード」という。)も、サステナビリティを「ESG要素を含む中長期的な持続可能性」と定義したうえ(基本原則2「考え方」)、サステナビリティを巡る課題への取組みの重視を色濃く打ち出している。
こうした事情も背景に、企業に対してESG課題への対応を求める株主の動きが年々活発化しており、企業にとって対応の必要性・重要性が増している。本稿のタイトルにある「ESGアクティビズム」に一義的な定義はないが、一般的に、ESGに関係する、株主提案を含む株主の企業に対する行動ないし働きかけを意味する用語として使われている。ESG課題に関する株主からの働きかけについては、ESG関連の株主の動きが活発な欧米においても、社会的インパクトを投資目的とするNGO団体等が中心的な役割を担ってきており、ESGアクティビズムの主体は、ファンドに限定されるものではない。これに加えて、昨今、日本においても、ファンドや機関投資家がESG関連の提言ないし株主提案を行う例が増加しつつある。
本稿では、このようなESGを巡る株主の活動のうち、株主提案及び関連する機関投資家の議決権行使基準の近時の動向を紹介する(注2)。
II ESG関連の株主提案の動向
(1) 2020年6月総会及び2021年6月総会
2020年6月総会においては、環境NGOの気候ネットワークがみずほフィナンシャルグループに提出した定款変更議案が、「日本初の気候変動に関する株主提案」として注目を集めた。当該株主提案は、みずほフィナンシャルグループが「パリ協定及び気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)に賛同していることに留意し、パリ協定の目標に沿った投資を行うための指標及び目標を含む経営戦略を記載した計画を年次報告書にて開示する」という条項を定款に追記することを求めたものである。当該株主提案は、最終的には否決されたものの、複数の機関投資家も賛成票を投じ、賛成率が34.7%にものぼった。
また、2021年6月総会においても、気候ネットワークや環境NGOのマーケット・フォース等に所属する個人株主3名が三菱UFJフィナンシャル・グループに対して、パリ協定の目標に沿った投融資を行うための経営戦略を記載した計画を策定し年次報告書にて開示する旨の定款変更議案、マーケット・フォースに所属する個人株主が住友商事に対して、パリ協定の目標に沿った事業活動のための事業戦略を記載した計画を策定し年次報告書にて開示する旨の定款変更議案をそれぞれ提出した。そのほか、アクティビストファンドであるオアシスマネジメントが東洋製罐へTCFDを踏まえた経営戦略等を記載した計画を年次報告書にて開示する旨の定款変更議案を提出した。これらの株主提案についての賛成率は、それぞれ、22.71%、20.00%、14.31%である。2020年のみずほフィナンシャルグループの例に比べると低率にとどまるものの、前2者は20%以上の賛成を集めているうえ、いずれについても相当数の機関投資家が株主提案に賛成を投じており(注3)、環境問題に対する株主の関心の高さが窺える結果となっている。
(2) 2022年6月総会におけるESG関連の株主提案の動向
2022年6月総会においては、77社に対して株主提案がなされた。株主提案の数として過去最高を更新したが(注4)、2021年に続きESG関連の株主提案も複数行われている。
(a) 環境(E)に関する株主提案
2022年6月総会においては、マーケット・フォースが、気候ネットワークなどと共同して、三井住友フィナンシャルグループ、三菱商事、東京電力ホールディングス及び中部電力に対して、温暖化ガス排出量を実質ゼロにするまでの道筋を定めて開示し、2050年の排出実質ゼロ目標との整合性評価の開示を定款に規定することなどについて、定款変更の議案として要求した。各社についての株主提案にかかる議案(いずれも定款一部変更議案)と賛成率は以下のとおりである。
図表1 株主提案にかかる議案(いずれも定款一部変更議案)と賛成率企業名 | 株主提案 | 賛成率 |
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三井住友フィナンシャルグループ | 第4号議案:パリ協定目標と整合する中期及び短期の温室効果ガス削減目標を含む事業計画の策定開示 | 27.05% |
第5号議案:IEAによるネットゼロ排出シナリオとの一貫性ある貸付等 | 9.55% |
三菱商事 | 第5号議案:パリ協定目標と整合する中期及び短期の温室効果ガス削減目標を含む事業計画の策定開示 | 20.19% |
第6号議案:新規の重要な資本的支出と2050年温室効果ガス排出実質ゼロ達成目標との整合性評価の開示 | 16.22% |
東京電力ホールディングス | 第3号議案:2050年炭素排出実質ゼロへの移行における資産の耐性の評価報告の開示 | 9.55% |
中部電力 | 第9号議案:2050年炭素排出実質ゼロへの移行における資産の耐性の評価報告の開示 | 19.9% |
(出所)筆者作成
また、これとは別に、フランスの運用大手アムンディ、イギリスの公的ヘッジファンドであるマン・グループ及びイギリスのHSBCアセットマネジメントなど欧州系機関投資家等が共同して、電源開発に対して、①2050年までにカーボンニュートラルを達成するために科学的根拠に基づく短期及び中期の目標を明記した事業計画の策定・公表、②設備投資が自社の温暖化ガスの排出削減目標と整合するかについての評価の開示、③報酬方針が温暖化ガスの排出削減目標の達成をどのように促進するかの開示――を同じく定款変更議案の形で提案した。賛成率は、それぞれ25.8%、18.1%、18.9%であった。本事例は、NGOでなく、運用大手が気候変動対応を要求する株主提案を行った日本国内では初めての事例として注目を集めた。企業が脱炭素に対応せず、市場での評価を下げれば、株価も下落し株主も損失を被る。そのため、NGOだけでなく機関投資家が同様の株主提案を行う例が増加することが予想される。
(b) 社会(S)・ガバナンス(G)に関する株主提案 …
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大江橋法律事務所■筆者略歴
平井 義則(ひらい・よしのり)弁護士法人大江橋法律事務所 弁護士・ニューヨーク州弁護士 2008年京都大学法学部卒業、2010年京都大学法科大学院修了、2018年Northwestern University School of Law卒業、2018年~2019年Alston & Bird LLP (Atlanta)勤務。
主な著書(共著を含む)として、「特殊状況下における取締役会・株主総会の実務-アクティビスト登場、M&A、取締役間の紛争発生、不祥事発覚時の対応」(商事法務、2020年)、「新型コロナウイルスと企業法務-with corona/after coronaの法律問題」(商事法務、2021年)等。