[【投資ファンド】成長に貢献するオープンイノベーション/Corporate Venturing(AT PARTNERS)]

(2022/03/23)

【第1回】オープンイノベーション1丁目1番地1号

秋元 信行(AT PARTNERS 代表取締役 General Partner)
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はじめに


 以前に比べると大手事業会社におけるオープンイノベーション活動、それを担う組織(オープンイノベーション推進部門等)、出資という手段を使ってその活動を加速・支援するCVC、Corporate Venturing部門の社内外における認知度、地位は飛躍的に向上しました。また、その実績という意味でも、多くの事業会社がスタートアップとの協業等を実現しており、もはやブームで作った組織などではなく、影響力・発言力のある組織、活動になりつつあるのではないでしょうか。一方で、いくつかの協業案件を実現しながら自社の成長、企業価値(時価総額)・株価の伸長等にどの程度貢献できたのか? CVC、Corporate Venturing部門からの投資により実現したフィナンシャルリターンはどう評価すべき?評価されるべき?といった疑問を持っている方や、たとえ小さくても目に見える成果が出ずに悶々とされている方が、依然としてそれなりにいらっしゃることもまた事実でしょう。

 この連載を機に、あらためて日本におけるオープンイノベーション、Corporate Venturing活動状況、課題、今後について考えてみましたが、「オープンイノベーションの課題と解決方法」等、オープンイノベーションやCorporate Venturingをテーマとした記事やレポート類は溢れており、私が語っても同じ内容の焼き直しでしかないかと思い検索してみると、相当数の記事、レポートを見つけることができました。どれも体系的にまとめられており、非常に分かり易いです(私が20年近く前にオープンイノベーション活動、CVCを立ち上げた頃はヘンリー・チェスブロウ氏の「OPEN INNOVATION―ハーバード流イノベーション戦略のすべて [Harvard business school press]」くらいであり、会議資料等にも同著書内の図表等を引用させていただいた記憶があります)。

 しかし、これらレポート類から気づいた点があります。オープンイノベーション、Corporate Venturing 活動推進にあたっての課題、問題点等々、以前から私もセミナー等でお話してきた内容と本質的にはあまり変わっていないということです。2014~16年に日本ベンチャーキャピタル協会(JVCA)の理事、オープンイノベーション委員会の委員長を務めました。その際の活動指針・方針はいくつかありましたが、業界内での経験の共有を最重要視したつもりです。「『勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし』の精神で、失敗事例の分析結果も幅広く共有し、業界全体の成功確率の向上に寄与すべき」と。

 それから既に5年以上が経過、オープンイノベーション、CVC、Corporate Venturing活動に取り組む事業会社の数も増え、コミュニティ的なものも形成され、業界内における意見交換・交流も益々活発化しているにもかかわらず、語られるオープンイノベーション、Corporate Venturing 活動推進にあたっての課題、問題点、日本企業がやりがちな失敗等々について、その本質は以前とほとんど変わっていないのです。これはなぜでしょうか?

「各社によって事情は様々かつ非常に難しい取り組みであるから」と言ってしまえばそれまでなのですが、本連載ではこうした疑問の本質を探りながら、目的達成に繋げるためのオープンイノベーション・Corporate Venturing 活動とは何か? について検討していきたいと思います。

オープンイノベーションとは?

「オープンイノベーション」を簡単に定義すれば、「革新的もしくは破壊的な新事業、新価値、新技術、新サービス等の創造、既存事業の強化・拡張のために、社外と共創すること」と言えるかと思います。急速な技術革新、顧客ニーズの多様化、市場変化のスピードアップ、自社リソース不足等を背景に自社内のみのクローズドイノベーションだけでは生き残っていけないという危機感の強まりが昨今のオープンイノベーション推進のモチベーションと言えるでしょう。そして忘れてならないのは、オープンイノベーションは目的達成のための一つのアプローチ・手法であり、これ自体は目的ではないことです(広義にとらえれば大手事業会社同士の共創も立派なオープンイノベーションですが、今回の連載ではスタートアップとの協業という点にフォーカスしたいと思います)。

オープンイノベーションの1丁目1番地1号

 前述の通り、このオープンイノベーション全般の網羅的・体系的な話に関しては多くの記事、レポート類に譲るとして、1丁目1番地に絞ったお話を。「目的」です。オープンイノベーションは目的達成のための手段であり、重要なのは1丁目1番地の「目的」そのものであることは言うまでもありません。既存事業におけるミッシングピースの補完、新規事業創出、ディスラプティブ事業への足がかり、それらにより実現を目指す将来の青写真等々。この目的を明確化して初めて、1)スタートアップとの連携の必要性、2)連携領域の明確化、3)組織・制度等の社内リソースの整備 といった経営層を含む社内全体のオープンイノベーションに取り組む意志・合意形成が可能となります。

 が、今回は更に局所的な「1丁目1番地1号」にフォーカスしたいと思います。それは「経営者が何を実現したいのかという意志・想い・目的=トップのコミットメント」です。オープンイノベーションを推進するにあたり経営陣のコミット・理解が重要であることは言うまでもありませんが、経営陣のコミットとは何なのか?会議に何度も付議し「なるほどね・・・。まあ、いいか」的な合意形成を経て、決裁文書に押印・サイン(注1)することが経営陣のコミットなのか? それでは不十分です。

オープンイノベーション、コーポレートベンチャリング活動とは?
トップのコミットメント

 ここで、「これこそトップのコミットメント!」と筆者が感じた3人の経営者の例を紹介したいと思います。

1 澤田 純氏(日本電信電話 代表取締役社長)

 前職から「自らの言葉で、自らの考えを語り、行動する」姿勢は尊敬していましたが、21年11月に行われた「NTT R&Dフォーラム — Road to IOWN 2021」での澤田社長の基調講演1 テーマ:What is IOWN? において、

「自然災害やパンデミックなど、従来の自然主義では想定外な事態が起こる中にあって『環世界』の考え方が必要であること、そして『多様な環世界をつなぐメディア』としてのIOWNの存在意義を提示しました。IOWNのユースケースとして、インターネットとテクノロジにより障がいを持った方々に働く場所を提供する『分身ロボットカフェDAWN』など3つの実証実験を紹介しました。また、光電融合デバイスにおいては2025年までにチップ間、2030年までにチップ間・チップ内ともに光素材で構成することをめざすなど、2030年度までのIOWN導入・研究開発ロードマップを示しました。さらに、事業活動による環境負荷の削減と限界打破のイノベーション創出により、『環境課題の解決』と『経済成長』という矛盾したものを同時実現するNTTグループの新たな環境エネルギービジョン『NTT Green Innovation toward 2040』を紹介しました。NTTグループの理念として利他的共存をめざす『Self as We』を掲げ、今後は持続可能な社会の実現に向けて『自然(地球)との共生』『文化(集団・社会~国)の共栄』『Well-beingの最大化』の3つのテーマで活動していくことを宣言」

 とお話しされていました。それなりに長い講演ではあったのですが、「長さ」を感じることはありませんでした。内容が大変興味深かかったことに加えて、説得力があったからです。その説得力がどこから来ているのだろうかと考えてみると、普段会話している時と同じ澤田社長の語りだったからではないかと思い、ご本人に聞いてみたところその通りとのこと。ユースケースであると同時にオープンイノベーション事例でもある「分身ロボットカフェDAWN」も紹介されていましたが、これはまさに澤田社長自らが率先して動いて実現させた案件でしたので説得力があるのは当然です。6~7年前に澤田社長と一緒にオリイ研究所メンバーが活動拠点とするマンションの一室を訪問しました(今思い出してみてもかなり珍しい絵面ですが・・・)。狭いマンションの一室で澤田社長は、NTTグループおよびそのテクノロジーがこういった領域にいかに貢献できるか、すべきかをお話されていました。その後私自身は異動してしまい何もできませんでしたが、澤田社長は粘り強く自らのリーダーシップで出資+協業を実現されました。

2 櫻田 謙悟氏(SOMPOホールディングス グループCEO 取締役 代表執行役社長)

 SOMPOホールディングスは、17年11月にSOMPO Digital Lab Tel Aviv(イスラエル)を開設しましたが、当時はまだイスラエル側のメンバーもおらず他社のスペースを間借りしたスタイルでのスモールスタートでした。私も開設作業を少しお手伝いしていたという経緯から、オープニングセレモニー(ごく内輪のセレモニー)に同席させていただいた際の出来事。元々櫻田社長の挨拶・スピーチ等は予定されていなかったようなのですが、櫻田社長が自分も挨拶すべきとその場で判断され急遽登壇。原稿なし、英語で、今後の損保業界、それを踏まえてSOMPOはどうなりたいのか? そのためになぜイスラエルなのか? を自らの言葉(注2)で語ってらっしゃったのが、非常に印象的でした。

 単に決裁文書に押印・サインしただけでは、原稿もなしにここまで語ることは絶対にできません。櫻田社長の強い意志・想いと、その活動をリードする楢󠄀﨑執行役の強い意志、実行力、牽引力でSOMPOグループがイスラエルスタートアップとの協業等を次々と実現しているのは、皆様ご存じの通りかと。

3 楢󠄀﨑 浩一氏(SOMPOホールディングス デジタル事業オーナー グループCDO  執行役専務、Palantir Technologies Japan 代表取締役CEO、SOMPO Light Vortex株式会社 代表取締役CEO)

 SOMPOデジタル事業の責任者であり、近年SOMPOグループ関連で目にする新しい取り組みの多くは楢󠄀﨑執行役が関与しています。その多くがトップダウンであり、楢󠄀﨑執行役自らが考えた戦略・戦術に基づき、「コミットメント」をはるかに凌ぐレベルで関与、行動されています。真のコミットメントとは? を示す事例の宝庫(注3)です。

 細かい事例は割愛しますが、紹介したスタートアップとのミーティングには自ら出席されるケースが非常に多く、一番質問するのはいつも楢󠄀﨑執行役。スタートアップ側から彼らの技術、製品、サービス等を聞いた後、SOMPOが目指すこういう領域のこういう部分でこのような形で協業の可能性があるのではないかとマシンガントーク。これだ!と思えば実行に移されています。常日頃から自分自身で実現したい事業、サービス、戦略、戦術を考えていなければ出来ない発言・行動ばかりです。

 他にもご紹介したい経営者の方々がいますが、それはまた別の機会を待つこととしたいと思います。また、御三方に関しても、上記の例だけをもってその「コミットメント」を語っているわけではなく、あくまで代表的な場面をご紹介しました。

 今回個人のお名前と事例を紹介したのは、より具体的に「トップのコミットメント」がどういうレベル感なのかをお伝えしたかったためです。それは、自らの言葉で目的、戦略、戦術、必要性を語り、かつ自らの責任とリーダーシップで物事を実行する・実行に繋がる環境を作る、ということではないかと。

 オープンイノベーションの1丁目1番地1号「トップのコミットメント」とは、まさにこのレベルのことを言うのであって、残念ながらボトムアップで上がってきたオープンイノベーション施策を「了解」「理解」「承認」し、その理解をもとに自分の言葉に置き換えるだけではない。じゃあどうすりゃいいの?連載の最終回に別の切り口で「トップのコミットメント」に触れたいと思います。

 次回は「Corporate Venturing活動の1丁目1番地1号」について、また私の独断と偏見でポイントを絞り議論を続けていきたいと思います。
(注1)合議・決裁・承認という行為≠「オープンイノベーションの1丁目1番地1号のトップのコミットメント」 が言いたいのであって、そのプロセスを批判、否定しているわけではありません。こういうプロセスを上手く活用することで、社内関連部門における前向きな雰囲気を醸成したり、理解者を増やしたりといった別の効果が期待できますので。
(注2)練りに練った原稿を読むことが重要な場面もあることは言うまでありません。
(注3)SOMPOグループの案件については、イスラエルを中心にかなりの数の案件をお手伝いさせていただいており、それが故に事例を目の当たりにする機会が多いという背景もあります。


■ 筆者履歴

秋元 信行

秋元 信行(あきもと・のぶゆき)
代表取締役 General Partner
AT PARTNERS株式会社
・NTTドコモ ではシリコンバレーに駐在し米国研究所を立ち上げ、その後CVCを設立しCEOに就任
・DOCOMO Capital, Inc.のPresident & CEO、DOCOMO Innovations, Inc. Chairmanを歴任
・NTTでは海外投資案件に携わり、その後ドコモに転籍
・一貫してStartupとの協業によるOpen Innovation、Corporate Venturing活動に従事
・日本ベンチャーキャピタル協会 フェロー

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