[【コーポレートガバナンス】よくわかるコーポレートガバナンス改革~日本企業の中長期的な成長に向けて~(デロイト トーマツ コンサルティング合同会社)]

(2019/07/11)

【第1回】 コーポレートガバナンスとは

汐谷 俊彦(デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員)

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なぜ、今、コーポレートガバナンスなのか


 昨今、新聞や様々なメディアで、企業の不祥事・不正や粉飾決算などが起こるたびにコーポレートガバナンスはどうなっていたのか、そもそも機能していたのか、といった議論が喧しい時代です。日本語で「企業統治」と訳されるコーポレートガバナンスという用語は、80年代から90年代にかけて、いわば資本の論理で敵対的買収を行うプレーヤーやまたそれに対抗する経営陣があらわれ「企業は一体誰のものか」という一大論争が巻き起こった米国に由来するとされています。その後、主として欧米企業において、すべてのステークホルダーが、企業をどのように統制し、監視し、よいパフォーマンスを生み出すかを長年にわたって考え続けてきて進化してきた概念です。したがって、米国には米国流の、英国には英国流の、ドイツにはドイツ流の考え方があり、それぞれ微妙に、あるいは領域によっては大幅に異なった形で実装されています。

 我々日本企業がコーポレートガバナンスを考えるにあたり、振り返るべきは、「なぜ日本企業の収益性は欧米企業と比して低いのか」という問いです。この問いは、実は今日に連なるガバナンス改革の原点となっているもので、要するに、低収益にあえぐ日本企業の本質的な原因は「コーポレートガバナンスに問題があるのではないか」という仮説です。このシリーズでは、この問いを念頭に置きながら日本流のコーポレートガバナンスを考えていきたいと思います。 


コーポレートガバナンスは単なる不正・不祥事防止の仕組みではない


 コーポレートガバナンスといえば内部統制のことでしょ?企業が不正・不祥事をおこさないための仕組みでしょ?という点が、多くの人が最初に思い浮かべるポイントかもしれません。また、取締役だとか、監査役だとか上層部の話でしょ?または顧問弁護士にお願いする話でしょ?と思われている方も大勢いらっしゃいます。確かに間違ってはいないのですが、それはコーポレートガバナンス全体の一部であって、全てではありません。

 コーポレートガバナンスとは不正・不祥事防止といったいわゆる「守り」の側面だけではなく、事業ポートフォリオを入れ替え、中長期的に収益を上げていくといった「攻め」の側面も含めて、一体的に企業価値をどうやって上げていくべきか、という企業戦略を指します。また、取締役や監査役に限った話ではなく、株主、経営陣、従業員、取引先、および社会全体を含めたすべてのステークホルダーを“ハッピー”にするための仕組みのことです。従って、コーポレートガバナンスは法務部門にとどまらず、ビジネス・事業運営そのものの話ということになります。コーポレートガバナンスとは思ったよりも広いトピックで、経営者や弁護士のみならず、ビジネスに携わる人ならば必ず理解しておくべき今日のキラーコンセプトなのです。


コーポレートガバナンス改革により日本の経営はよい方向に変化しつつある


 2015年に改正会社法が施行され、社外取締役の要件が厳格化されました。加えて、上場企業である監査役会設置会社において社外取締役を入れること、もし入れないのであればその理由を株主総会にて説明することが義務付けられることになりました(いわゆるコンプライ・オア・エクスプレイン)。また、矢継ぎ早に、東京証券取引所と金融庁がコーポレートガバナンス・コードを制定し、上場企業に適用されることになります。これには社外取締役を2人以上置き、社外の適切な監視を受けることや、政策保有株式(いわゆる株式の持ち合い)をやめることなど、今日に続くガバナンス改革の端緒となりました。

 さらに、時を同じくスチュワードシップ・コードという、企業にとっては株主であるいわゆる機関投資家のとるべき行動原則を定めたものが、金融庁により制定されます。これは、ガバナンス改革をさらに促進するきっかけとなり、コーポレートガバナンス・コードと並べて車の両輪と称されます。2017年にはスチュワードシップ・コード改訂版が発表されましたが、その中で最もインパクトがあったのが、議決権行使結果を個別公表するという原則です。株主総会にて、議案別に賛成したのか、反対したのかがすべて公表されることになりました。これによって、アクティビスト以外の一般の機関投資家も 、議決権を真剣に行使するべく、相当な時間とエネルギーを割いて、議決権の行使に向けた議論が行われるようになりました。これまでは、良くも悪くも取引先との馴れ合いの中で会社提案に反対票を投じることは決してなかったわけですから、確実に機関投資家の行動が変わりつつあると感じます。いかに、これら一連のガバナンス改革が強烈であったか、的を得たものであったかがよくわかります。


 2018年6月にはさらにこの流れを加速するべく、改訂版コーポレートガバナンス・コードが発表され、これらの要件がさらに厳格化されました。経営トップ(CEO)の選任、解任、またCEOの後継者計画を策定すること、取締役の報酬の決定に関する事項、政策保有株式を圧縮することのみならず、事業運営をしていくうえで自社の資本コストを把握しなさい、そのうえで適切な事業ポートフォリオを考えなさいということまで記載されています。大学でファイナンスを学んだ人ならともかく、取締役の中には、資本コストという言葉すら聞いたことのない人も散見される中で、ここまで踏み込んだことは画期的です。  


 ちなみにですが、実は経営者から見て最も厳しいコーポレートガバナンスを実装している米国ですら、社外取締役が取締役会の過半を占めるようになったのはつい20年ほど前の出来事です。米国では、2000年代に相次いだ企業不祥事を契機に取締役の過半数は社外の人間にしようという動き(それまでは上場規則により2名は社外とするルールでした)になりました。 これに比べれば日本の社外取締役が最低2名というのは、まだまだ周回遅れの印象は否めませんが、それでも確実に社外の監視の目は強まりつつあるので、良い方向に向かっているといえるでしょう。


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