[【PMI】未上場企業買収後のPMIの実務(エスネットワークス)]

(2017/08/02)

第1部 「財務経理」

第1回 PMIにおける「月次決算」の必要性

 横張 亮輔(株式会社エスネットワークス 経営支援第1事業本部 マネージャー)

②公正妥当な会計処理の適用(比較可能性・客観性の観点)

 企業の経営実態を的確に把握するためには、公正妥当な会計処理の適用が欠かせません。公正妥当な会計基準とは、企業会計基準委員会(ASBJ)が公表する企業会計基準や企業会計基準適用指針、実務対応報告等の一般に公正妥当と認められる会計基準のことを言います。このような基準や指針等は、企業の経営実態を会計(=数値)で表すために有識者が長年に議論、叡智を結集し作り上げたものです。これにもとづき、決算を行えば一定程度の水準を確保することができますが、こうした会計処理には多くの見積りや評価等の定性的な判断が伴い現場には高度な経理知識や豊富な経験が求められます。前述のとおり、PMIにおいては、従来現金主義で行ってきたため基準や指針を理解し、新しい会計処理を導入できる人材が不足している場面が多数存在します。こうした場合には、監査法人や顧問税理士等の外部の専門家にアドバイスを求め対応していく必要があります。

 しかし、ここでのポイントは、四半期決算、年度決算では株主が上場会社の場合では金商法の開示が必要だったり、ファンドによる投資の場合は資金調達先の関係で監査法人の任意監査が必要だったりするので、厳密な会計処理が求められますが、月次決算においては必ずしもすべての会計処理を厳密に適用する必要はなく、あくまで企業の経営実態を反映する会計基準のみを適用すれば目的は達成されるという点です。すなわち、厳密な処理でも簡便的な処理でも結果が「ほぼ」変わらない場合には簡便的な方法を採用することや、新たな会計処理を適用しても影響が小さい場合はそもそも適用しないという判断をしてもいいわけです。したがって、月次決算を整備する際には、年度決算と月次決算の相違(適用している会計処理や、処理の厳密度等)について、経営陣と現場間で十分に摺り合わせ、認識を統一することが重要です。

 なお、参考までに未上場企業においてよくある未適用あるいは未整備の会計の論点を以下に挙げておきます。未上場企業では中小企業向けの会計基準が存在し、管理体制が整備されている未上場会社でも、この基準にもとづいて簡便的な方法を採用している場合もありますので、未適用又は未整備の会計処理がないかどうか最初に確認する必要があります。通常はM&Aの実施時に行う財務デューデリジェンスの報告書に記載がありますのでそちらを参照するようにしましょう。

 ● 棚卸資産評価
 ● 貸倒引当金の評価
 ● 減損損失
 ● 資産除去債務
 ● 税効果会計

③月次決算フロー及び標準スケジュール作成による業務の可視化(適時性の観点)

 月次決算で最初に行うべきことは、月次決算のフローと標準スケジュールを作成し業務を可視化することです。未上場企業では月次決算のフローや標準スケジュールを作成していない、又は作成していたとしても形骸化していて月次決算をいつまでに終了させる(=月次決算を締める)という意識が低いケースが大半です。「月次決算の締め」の意識が欠如していると、決算数値がいつになっても確定しない(決算の遅延化)という事象の発生はもとより、中には経営陣に既に報告し「確定」した過去の数値を変更する(継続性及び比較可能性の欠如)といった「非常識」な問題が生じます。

 なお、月次決算のフローや標準スケジュールを作成するポイントとして次の2点があります。

i.「最終地点」からの逆算での作成

 PMIにおける月次決算の「最終地点」は、経営陣への報告(多くは取締役会)です。多くの企業は取締役会の日程を年間で固定(例えば、15営業日、第4週の木曜等)しているため、月次決算も取締役会から逆算してスケジューリングする必要があります。




 取締役会から逆算し、資料作成(分析等)の時間もかかることを考えると、明確な基準はないものの、経験則的に概ね月次決算を5営業日から遅くとも10営業日までに締める必要があると考えられます。当然ながら急に現場に月次決算をこの日までに締めろと号令を出しても、いきなりできるとは思いませんが、まずはタスク・担当者・期日を明確にし、適切な管理者がスケジュール通り進行しているのか日々管理していきます。実際の想定よりも遅れが生じた場合は、どの工程に原因があるのか、どういった対策ができるのか考え、次月の月次決算に反映させていき更新していくことが重要です。

ii.全社的視点での作成

 月次決算のスケジュールを作成する上でもう一つ重要な点は、「全社視点」で作成するということです。月次決算は経理部だけで完結できるものではありません。決算処理を行うためには、各部門から仕訳のもととなる証憑(請求書等)を入手する必要があります。更に各部門の向こう側には証憑(請求書等)を発行する取引先が存在します。しかるべきタイミングで月次決算を締めるためには、経理部以外の外部の協力が必須です。

 よくあるケースとして決算月に発注したものの取引先から請求書が届かず、経費計上がいつになってもできず月次決算が遅くなってしまうことがあります。こうした場合に経理が取る対策として、経理部への請求書の提出日(=請求書の締日)を3営業日等に設定し、取引先に対して各部門を通じて設定した営業日までに請求書が届くように依頼することが考えられます。

 しかし、実際には取引先に協力を依頼してもどうしても対応できず、請求書の締日までに入手できない場合もあります。このような場合に有効な方法が「概算計上」です。請求書を入手していなくても、依頼した部門では見積書や発注書等から、ある程度信頼できる経費の金額を把握することができます。この確定ではないものの、信頼できる金額にもとづいて、「概算」で経費を計上することを「概算計上」と言います。「概算計上」を有効活用することで、月次決算を早期化することができます。「概算計上」を導入するためには、いつまで(何営業日まで)に、どのような方法(メールや決まった様式等)で概算額を経理部に連絡するのかをルール化し、全社で運用することが必要となります。そして月次決算のフローや標準スケジュールにおいても概算計上の部分が反映されていることが重要となります。

 上記の例の通り、月次決算の標準スケジュールを作成する上では経理部だけでなく、全社的視点でのスケジュールを作成します。そして実際の業務では月末になったタイミングで各部門に対して各種資料の提出日をアナウンスする等の全社を巻き込んだ決算を行うことを意識することが重要です。

④科目明細、増減分析作成等によるチェック体制の整備(比較可能性の観点)

 月次決算を行う上で、仕訳を計上するのと同じくらいに重要なことは計上した会計数値自体が適正であるかどうかです。決算数値に誤りがある、あるいは精度が低いようでは、いくら月次決算を早期化しても、高度な会計処理を適用しても、無意味な、そして時には経営判断を誤って導いてしまうリスクすら内包する情報となってしまいます。

 決算数値の誤りを発見する有用なチェックの方法として次の2つを紹介します。

i.科目明細

 一般に科目明細は税務申告する際に作成されるものですが、月次決算においても作成するのは非常に有用です。科目明細とは単に残高の相手先別、内容別の内訳を表すものではなく、重要なのは発生額(=計上額)を正しく消し込めているかどうかです。科目又は相手先等を誤って計上していた場合には、科目明細の作成の過程で正しく消し込みを行うことができず、計上の誤りを発見することができます。よくあるケースとして、会計システムから抽出した補助元帳を科目明細としている企業がありますが、正しく消し込みがされた結果の補助元帳であれば問題ないですが、そうでないならば補助元帳の残高は単なる仕訳の積み重ねの数値であり、積み上げた数値の適正性は担保することができません。月次決算の残高が適切であるかどうかを判断するためにも科目明細の作成は必須であると筆者は考えます。

 また当然ですが科目明細をもとに「残高の適正性」を確認してから月次決算が正しく完了したと判断すべきです。月次決算を締め決算書を作成した後に科目明細を作成している企業もありますがそれは間違いです。本来、科目明細の作成が完了して初めて決算書が確定します。すなわち、科目明細の作成完了と決算書の作成完了のタイミングは同時であるということを理解していただきたいと思います。

 参考までに科目明細に記載すべき事項を主要な科目別に記載します。



ii.増減分析

 適切な月次決算を行っていれば、新たな事象が生じていない限り前月又は前年同月と同じ水準、傾向での数値になると推定できます。この推定にもとづいた増減分析は費用対効果が高く、チェック方法として有用です。

 具体的には会計システムから月次推移表や前年同月比較の試算表を抽出し、科目別にその変動要因を説明できるか調査します。要因が不明なものは、仕訳の間違いである可能性が高いと考えられます。重要なことは大きな増減がない科目についてもチェックするべきいうことです。例えば新たな事象が発生し本来大きく増加していなくてはならない科目が仕訳の計上漏れにより変動がない可能性も考えられます。前月の数値から何%増減したら要因を分析すると設定している企業もありますが、筆者はすべての科目をチェックすることを推奨します。

5.おわりに

 PMIにおける適正な月次決算を導入する上で、重要なポイントを4つ説明してきました。これらの基本的な枠組みは、業種、会社の規模を問わず普遍であり、月次決算は経営判断を下すのに役立つ情報を提供するという点を理解していただきたいと思います。

株式会社エスネットワークス

■筆者略歴
横張亮輔(よこばり・りょうすけ)
慶應義塾大学卒業後、株式会社エスネットワークスに入社。IPO準備企業での経理実務支援、未上場会社での経理BPR 業務、上場企業での開示資料の作成支援、ベンチャー企業でのIPO支援業務等に従事。その他、バリエーション業務、デューデリジェンス業務、フィナンシャル・アドバイザー業務を多数経験。直近ではファンド投資先のPMI支援を主に担当。公認会計士。


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