[書評]

2014年1月号 231号

(2013/12/15)

今月の一冊 『ドラッカー―教養としてのマネジメント』

 ジョゼフ・A・マチャレロ、カレン・E・リンクレター著
阪井 和男、高木 直二、井坂 康志 訳/マグロウヒル・エデュケーション/3800円(本体)
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今月の一冊 『ドラッカー―教養としてのマネジメント』 ジョゼフ・A・マチャレロ、カレン・E・リンクレター著/阪井 和男、高木 直二、井坂 康志 訳/マグロウヒル・エデュケーション/3800円(本体)  最近の金融危機で米国の金融機関の経営陣の巨額報酬などモラルの欠如が明るみに出た。一部の金融機関にとどまらず、似たような現象は多くの企業組織に広がっている。経営学の巨匠、ドラッカーは組織をマネジメント(管理運営)する者には徳義や倫理がなければならないと主張した。もしドラッカーが生きていたら、この事態をさぞかし嘆いたことだろう。ドラッカーと親しかった著者らはドラッカーのマネジメント論の根底にある「教養としてのマネジメント」の考え方に改めて光を当てる。人間中心にマネジメントをとらえ直すことこそが今日の混迷を抜け出す道だと言うのだ。

  教養には長い歴史がある。ローマ時代には、社会の指導者の養成で人格の涵養や徳義の修得が重視された。この伝統は中世の大学に引き継がれ、今、日本でも教養学部などとして存在している。幅広い教養教育が価値観、善悪の判断力、困難な状況下での決断力を養い、将来、社会に出て、組織の指導者やマネジメント(経営機関)の一員となって、意思決定するときに役立つのだ。教養という言葉は英語のリベラル・アーツを訳したものだが、アーツ(技法)という言葉からも分かるようにも実践的な概念である。教養は単なる知識ではなく、身につけて実践しなければ意味がないのだ。

  ドラッカー自身、恵まれた子供時代から教養教育を受けてきた。歴史、宗教、経済学、政治学、心理学など広範な知的領域を学んだ。学者として象牙の塔に閉じこもらず、ジャーナリストやコンサルタントとして現実社会と関わってきた。こうして書かれた数多くの著作には教養の概念が底流に流れていると著者らは指摘している。

  しかし、米国のビジネススクールなどで教養課程は次第に軽視されていく。代わって、エージェンシー理論など経済学の理論を合理的な判断基準として教えることが重視されていく。社会に出ると、ストックオプションやインセンティブ制度も用意されていて、企業価値を高めるためのマネジメントに拍車がかかる。マネジメント層は徳義や倫理感を忘れ、ひたすら利益を出すために雇われる「傭兵」になり下がってしまった。その挙句、起こったのが2008年のリーマンショックによる金融危機だと分析している。

 そこで、ドラッカーの原点に回帰し、倫理や価値観といった人間的側面を重視した教養としてのマネジメントを蘇らせようと言うのである。SOX法(サーベンス・オクスリー法)のように法律に基づいてCEO(最高経営責任者)やトップマネジメントに倫理的行動を求めても上手くいかない。遠回りのように見えても、教養を土台にしなければならないとしている。組織を適切にマネジメントするためには、会計、財務、マーケティングと言った単なる実務的スキルを修得するだけでは十分でない。過去の成功と失敗の歴史を理解し、人間の本質を見極める英知をもたなければならないのだ。日本でも、最近、経営幹部の育成コースで教養教育を取り入れる企業が増えているのも、こうした流れに沿ったものだと分かる。

  ドラッカーは日本の経営者に親しまれ、経営学者のイメージが強いが、単に経営学者の枠には収まらない知の巨人だったことが本書を読むとよく分かる。社会生態学者と名乗り、人と社会、経済、政治の関係を観察し、社会で起きていることを分かりやすく、我々に示してくれた。一時的は変化でなく、パラダイム・チェンジが起きていないか。「物見の役」を果たしたのだ。

  『見えざる革命』で高齢者社会の衝撃と年金が経済を支配する時代の到来を言い当て、『変貌する産業社会』や『ポスト資本主義社会』で産業社会から知識社会への移行を示した。物的資本主義から経営者資本主義などをへて、知識資本主義への移り変わりを鮮やかに描いて見せた。本書の著者らは「ドラッカーは、知識労働者を世界経済の推進力と定義することにより、権力の所在を役員室に陣取る経営陣から労働者自身の手に移した」としている。また、こうした観察眼と方法論により、「すでに起こった未来」やロシア帝国(旧ソビエト連邦)の崩壊などをいち早く見抜いた。

  ドラッカーは若いときにナチスの全体主義やソ連の脅威を体験した。この教訓から個人の尊厳が認められ、希望をもてる社会にするため、「機能する組織社会」の構想を描く。そのためには、社会を構成する組織が十分に成果をあげるようにマネジメントすることが重要で、ここからマネジメントの概念に行きついたことも分かる。

  本書にはドラッカーの生い立ち、思想的背景をもとにこの点も詳しく書かれている。真のドラッカーを理解するための格好の手引書と言える。

(川端久雄〈マール編集委員、日本記者クラブ会員〉)

  

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