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はじめに
「民法の一部を改正する法律」が2017年5月26日に成立し、同年6月2日に公布され、一部の例外を除き、2020年4月1日に施行されます。今回の民法改正は、民法のうち債権法に係る部分を、特に取引関係の基礎をなす契約法分野を中心に全般的に見直すものです。改正民法における改正箇所の多くは、現在の実務において既に定着し、規範化している判例や通説的見解を明文化するものですので、これによって従来からの事業承継M&Aの実務が決定的に変わるということはないと考えられますが、M&A取引も契約に基づいて行われるものであり、事案によっては様々な契約関係が組み合わさった形で実施されますので、少なからず影響を受ける場面が出てくるものと予想されます。
本連載では、事業承継の一手法としてM&Aが活用される場合における典型的な事例を念頭に、間近に迫った今回の改正民法の施行が実務に与え得る影響や、事業承継M&Aの関係者(売手となるオーナー経営者、買手、弁護士等の専門家)が今回の民法改正に伴って留意すべきポイントなどを、取引形態、M&A契約実務、デューディリジェンスといった、いくつかの異なる角度から、できる限り分かりやすく解説できればと思います。
本連載は、全4回の予定ですが、第1回である本稿では、民法改正が事業承継M&A取引に影響し得るいくつかの場面を概観し、第2回及び第3回は、改正民法下において事業承継M&Aの契約実務上留意すべきポイント、第4回は、民法改正が法務デューディリジェンスに与える影響について、それぞれ検討していきたいと思います。
詐害行為取消権に関する民法改正が与える影響
(1)改正の概要
詐害行為取消権とは、債務者が債権者を害することを知りながらした行為につき、債権者の保護を目的として、一定の要件の下で債権者がこれを取り消すことを認めるものですが、今回の民法改正では、詐害行為取消権の要件、行使方法、行使された場合の受益者(取消しの対象となった詐害行為によって利益を受けた者を指します。)の権利等について、多岐にわたる改正が行われます。
この中で、詐害行為取消権の要件について、現行民法は、「債権者を害することを知ってした」(現行民法第424条第1項)と抽象的な規定を置くのみで、判例が、相当の対価を得てした処分行為(相当価格処分行為)であっても原則として詐害行為に該当するとの解釈を示すなど、その適用範囲には、やや不明確かつ広範な面がありました。そこで、今回の改正では、債務者による相当価格処分行為については、概要以下のすべてに該当する場合に限って、詐害行為取消権の対象となることを明確にしています(改正民法第424条の2)。
① | 不動産の金銭への換価等、当該処分による財産の種類の変更により、債務者において隠匿等の債権者を害することとなる処分(隠匿等の処分)をするおそれを現に生じさせるものであること。 |
② | 債務者が、その行為の当時、対価として取得した金銭等の財産について、隠匿等の処分をする意思を有していたこと。 |
③ | 受益者が、その行為の当時、債務者が隠匿等の処分をする意思を有していたことを知っていたこと。 |
(2)事業承継M&Aに影響し得る場面
事業承継M&Aにおいて、売手となるオーナー経営者が対象会社の一部事業を手元に残したい場合や、買手が対象会社の主要事業のみを承継したい場合などには、典型的には、事業譲渡や会社分割によって事業の一部を承継させる手法が用いられます。
上記のような事案の場合、対象会社に事業の一部が残ることになりますので、事業譲渡等により買手側の受皿会社に承継されない債権者(残存債権者)が生じることがあります。残存債権者は、一部の例外的な場合を除き、会社法上の債権者保護手続の対象ではないため、例えば優良事業だけを受皿会社に承継させ、対象会社に支払能力が無くなるような事業譲渡等が行われた場合、対象会社から債権の弁済を受けられなくなるという不利益を被りかねません。そこで、会社法上、当該事業譲渡等がいわゆる詐害的事業譲渡/詐害的会社分割に当たる場合には、債権者保護手続の対象とならない残存債権者は、受皿会社に対して、承継財産の範囲で直接に債務を履行することを請求することが認められています(会社法第23条の2、第759条第4項)が、併せて、民法上の詐害行為取消権の要件を満たす場合には、詐害行為取消権を行使して当該事業譲渡等の効力を否定することもできます。
事業承継M&Aでは、通常は、上記のような事業譲渡等は、独立した第三者間の取引として、当事者間での交渉を経て公正な価格で行われますので、今般の民法改正で相当価格処分行為による詐害行為の要件が明確にされることにより、事業承継M&Aの関係者にとっては、現行民法下よりも、詐害行為取消権が行使されるリスクを分析し、その低減策を検討し易くなるものと考えられます。
債権譲渡に関する民法改正が与える影響
(1)改正の概要
債権譲渡については、主として、①譲渡制限特約付債権の譲渡に関する改正、②将来債権の譲渡に関する改正、③異議をとどめない承諾に関する改正、④債権譲渡と相殺に関する改正がなされますが、ここでは、①譲渡制限特約付債権の譲渡に関する改正、③異議をとどめない承諾に関する改正と、④債権譲渡と相殺に関する改正を取り上げます。
まず、現行民法では、債権について、債権者・債務者間でその譲渡を禁止又は制限する特約(譲渡制限特約)が存在する場合、債権の自由譲渡性の原則の適用がないため(現行民法第466条第2項)、当該債権の譲渡は無効と解されていました。改正民法は、この点、譲渡制限特約付きの債権についての譲渡も有効とした上で(改正民法第466条第2項)、債権の譲受人が譲渡制限特約について悪意又は重過失である場合には、債務者は、譲受人に対する債務の履行を拒むことができ、かつ、譲渡人に対する弁済等を譲受人に対抗することができることとして、債務者の保護を図っています(改正民法第466条第3項)。
また、現行民法においては、債務者が異議をとどめないで債権の譲渡を承諾したときには、債務者は、債権の譲渡人に対抗することができた事由があった場合にも、これをもって譲受人に対抗することができないとされていましたが(現行民法第468条第1項)、この点については、単に債権が譲渡されたことを認識した旨を債務者が通知しただけで抗弁の切断という効果が発生してしまう場合、債務者に予期せぬ不利益を与えかねないとの批判もあり、改正民法では、異議をとどめない承諾による抗弁切断の制度を廃止しています(改正民法第468条第1項)。
さらに、現行民法では、上記の債務者の異議なき承諾がなく、債権譲渡について譲渡人が債務者に通知をしたのみである場合、債務者は、譲渡通知を受けるときまでに譲渡人に対して生じた事由をもって、譲受人に対抗することができるとされ(現行民法第468条第2項)、この対抗できる事由には、債務者が譲渡人に対して有していた債権による相殺の抗弁も含まれますが、相殺可能な債権がいつまでに発生していた必要があるか、相殺する両債権の弁済期の先後が問題となるか等の点については、不明確な状況でした。そこで、改正民法では、この点を明確化するために、譲渡通知を受け、又は債務者が承諾をしたとき(対抗要件具備時)よりも前に債務者が取得した譲渡人に対する債権であれば、弁済期の先後を問わず、これによって相殺することができるものとし(改正民法第469条第1項)、その上で、対抗要件具備時よりも後に債務者が取得した譲渡人に対する債権であっても、(i)その債権が対抗要件具備時よりも前の原因に基づいて生じたものである場合、又は、(ii)その債権が対抗要件具備時よりも後の原因に基づいて生じたものであっても、譲渡債権の発生原因である契約に基づいて生じたものである場合には、当該債権による相殺ができることとしています(改正民法第469条第2項)。
(2)事業承継M&Aに影響し得る場面
事業承継M&Aの手法として事業譲渡が用いられる場合、売手(対象会社)の権利義務を買手(受皿会社)が包括的に承継する会社分割とは異なり、個々の権利義務について個別に譲渡がなされることになりますので、譲渡対象事業に第三者に対する金銭債権が含まれる場合には、当該金銭債権の譲渡について、民法の債権譲渡に関する規定が適用されることになります。
現行民法下においては、譲渡制限特約付債権の譲渡が無効と解されていたため、これを有効に行うには、債務者の承諾を得た上で債権譲渡を行う必要がありますが、個々の債務者の承諾を得ることは必ずしも容易ではない場合もあります。また、買手・譲受人からしても、債権の譲渡が、譲渡制限特約があることによって無効となってしまうリスクを完全に払拭することができないという問題もあります。今回の民法改正により、債務者の承諾が無くとも、また、譲受人の譲渡制限特約の存在についての善意・悪意にかかわらず、少なくとも債権譲渡の有効性が否定されることはなくなりますので、かかる観点から、事業譲渡に伴う債権譲渡の円滑化が図られると言えるでしょう。
また、現行民法下においては、単に債務者が債権譲渡を承諾すれば、従前は譲渡人に対抗できた抗弁を譲受人には対抗できないこととなりますが、改正民法ではこの制度が廃止されますので、改正民法下では、事業譲渡における買手である債権の譲受人が、無効事由、取消事由、弁済など、債務者が売手である譲渡人に対して主張できた抗弁を切断したい場合には、単に債務者から債権譲渡を承諾する旨の意思表示を受けるだけでは足りず、明示的にこれらの抗弁を放棄する旨の意思表示を受けておく必要があります(当該抗弁放棄の意思表示を受ける際の留意点については、髙山崇彦[M&A戦略と法務]2018号4月号282号『債権法改正がM&A取引に与える影響』の「3 事業譲渡-異議をとどめない債権譲渡の承諾による抗弁切断制度の廃止」を参照ください)。
債務者から抗弁の放棄を受けない場合、上述したとおり、改正民法では、対抗要件具備時よりも前に債務者が取得した譲渡人に対する債権に限らず、対抗要件具備時よりも前の原因に基づいて生じた債権や、対抗要件具備時よりも後の原因に基づいて生じたものであっても、譲渡債権の発生原因である契約に基づいて生じた債権であれば、債務者による相殺が可能であることが明確となりましたので、特に、売手から買手に事業の一部のみが譲渡されるような場合において、対象会社に債務者との契約関係が残る場合などには、債権の譲受人である買手が後に債務者から相殺の抗弁を主張されるリスク(例えば、対象会社と債務者との間に賃貸借契約が残る場合に、債務者から、対抗要件具備時よりも後に発生した賃料債権による相殺を主張されるリスクなど)を考慮する必要があろうかと思います。
消費貸借に関する民法改正が与える影響
(1)改正の概要
消費貸借については、①諾成的消費貸借、②準消費貸借、③利息、④貸主の担保責任、⑤返還時期に関する改正が行われますが、事業承継M&Aに影響を与える可能性のある改正としては、⑤の返還時期に関する改正が挙げられます。
現行民法下においては、消費貸借契約の当事者が返還時期を定めている場合に、借主が約定の返還時期前に目的物を返還できるかについて、一般的な解釈上これは可能と解されておりましたが、明文では規定されておりませんでした。改正民法では、この点について、返還時期の定めの有無にかかわらず、借主はいつでも目的物を返還できることを明確にし(改正民法第591条第2項)、貸主の保護として、借主が約定返還時期の前に返還したことによって現に損害を受けたときは、貸主は借主に対してその賠償を請求できることとしています(改正民法第591条第3項)。
(2)事業承継M&Aに影響し得る場面
事業承継M&Aの対象となる会社においては、長年にわたる会社経営の中で、オーナー経営者個人が保証人となり、様々な金融機関から、異なった条件で金銭を借り入れているケースが多く見られます。このような場合に、買手において、対象会社の借入について、オーナー経営者の個人保証を外し、借入債務の一本化を図るため、あるいは、買手が買収資金の一部を借入によって調達するいわゆるレバレッジド・バイアウト(LBO)の場合等、株式譲渡を受けると同時に、別の金融機関から調達した資金をもって、対象会社の既存の借入債務を約定期限前に返済させるということが実務上多く行われます。
上記のような借入債務の期限前返済を行う場合、金融機関との間の金銭消費貸借契約中に特約があれば、これに従うことになり、この点は改正民法下においても変わらないところです。一方で、特約がない場合には、現行民法下では、第136条第2項の「期限の利益は、放棄することができる。ただし、これによって相手方の利益を害することはできない。」という規定を根拠に、返済期限までの残利息相当額を支払って、期限前返済を行うことが一般的であったと思われますが、改正民法下では、新設された第591条第3項に従って、期限前返済により貸主が受けた「損害」を賠償することになるため、個別の事案によっては、必ずしも返済期限までの残利息相当額全部がそのまま「損害」と認められないケースもあり得ると考えられます。
次回は
以上、本稿では、今回の民法改正が事業承継M&A取引に影響し得る場面をいくつか取り上げ、考察しましたが、次回は、改正民法下における事業承継M&Aの契約実務上の留意点、特に表明保証とこれに違反した場合の補償責任と改正民法について、少し掘り下げて検討したいと思います。
■筆者履歴
高橋 聖(たかはし きよし)
1993年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。株式会社リクルート勤務を経て、1999年より弁護士としてTMI総合法律事務所にて、主にM&A、国際取引、一般企業法務等を取り扱う。2015年にソシアス総合法律事務所を開設し、現在は、事業承継案件を中心に、多数の非上場会社売却案件に売手・買手のリーガルアドバイザーとして関与している。
University of Virginia School of LawにてLL.M.(法学修士号)取得。第一東京弁護士会所属弁護士・米国ニューヨーク州弁護士。
小櫃 吉高(おびつ よしたか)
2009年早稲田大学法学部卒業、2011年早稲田大学法科大学院終了。2013年より弁護士としてTMI総合法律事務所にて、主にM&A、労働法、一般企業法務等を取り扱う。2017年10月にソシアス総合法律事務所入所。現在は、事業承継案件を中心にM&A案件を取り扱うとともに、東京弁護士会労働法制特別委員会に所属し、労働法に関する執筆・セミナー等の活動も行っている。
東京弁護士会所属弁護士。