[M&A戦略と会計・税務・財務]

2013年9月号 227号

(2013/08/15)

第75回 クロスボーダーM&Aおよび投資における税務上の留意点

 山岸 哲也(税理士法人プライスウォーターハウスクーパース
       トランザクション/M&A部門パートナー 公認会計士・税理士)
  • A,B,EXコース

1. はじめに

  少子高齢化に伴って国内市場が縮小していくなかで、日本企業は中国やインド等の新興国をはじめとする海外市場にその活路を見出し、積極的に海外投資や買収を行っている。また、新興国との資源獲得競争は依然続いており、日系企業のなかには天然資源開発権益への投資を積極的に行っている企業もある。さらには、大企業にとどまらず、中小企業のなかにも販路拡大、コスト競争力強化のために現地企業とのジョイントベンチャーや生産会社の立ち上げなど海外投資を行う会社も増えている。アベノミクスにより円高基調は終焉を迎えたものの、日本の人口減少や産業構造の問題に端を発する動きであることから、今後もこのアウトバウンド投資の動きは止まらないだろう。このような状況のなか、日本国内での投資や買収と異なり、商慣習、文化、法規制等が異なる海外で投資や買収を成功に導くのは容易なことではない。特に、税制はその国の歴史や文化を背景にその時々の政治状況が反映されるものであり、日系企業が海外展開を図る上で乗り越えなければならない障害の一つといえる。

   本稿では、クロスボーダーM&Aや投資を実行する際に、一般論として税務上留意しておくべき事項についてその概要を解説する。実際の買収または投資実行にあたっては、被買収会社や投資対象会社の所在地国等に応じてそれぞれ関連する税務問題を詳細に検討する必要があるが、ここで取り上げるような税務上の観点から検討を行うことで、少なくとも税務的には合理的な投資意思決定をすることができるだろう。

2. 税務デューデリジェンスと買収・投資ストラクチャリングの相互関連性

  税務という観点から買収や投資を実行する前に必須となるものは、税務デューデリジェンスの実行と買収・投資ストラクチャーの検討である。後述するように、この二つの手続きはお互いに密接に関連しあっており、いずれが欠けても税務面から必要十分な検討が行われたとは言い難い。したがって、国内M&A、海外M&Aの如何にかかわらず、この二つの手続きを適切に行わずしてM&Aや投資に係る意思決定を合理的に行うことは不可能である。

   税務デューデリジェンスは、買収または投資対象会社の潜在的な税務上のリスクを検出し、当該税務リスクについて買収契約書上売り手側に表明保証および損害補償させる、または、買収価格に直接反映させることにより、買収後税務リスクの顕在化による損害を被らないようにすることを目的に実施されるものである。しかし、税務デューデリジェンスの目的はこれにとどまらない。つまり、後述する買収・投資ストラクチャーを検討するために有用な税務関連情報を入手することも税務デューデリジェンスの重要な目的の一つである。実際のディールでは、税務デューデリジェンスを実施するプロセスのなかで初めて相手方の税務関連情報を入手できるケースがほとんどであることから、買収・投資ストラクチャー検討の観点からも必要不可欠な手続きといえる。また、税務デューデリジェンスの結果次第では、買収・投資ストラクチャーの検討内容や目指すべきストラクチャーが変更されることもある。税務デューデリジェンスの結果を適切に買収・投資ストラクチャーに反映させることが重要となる。

   買収・投資ストラクチャーの検討は、買収・投資ストラクチャーの組成時や投資後の利益還流等について課される様々な税金を最小化し、当該買収や投資から生じる利益やキャッシュフローを最大化することを目的とする。また、買収ストラクチャーの検討により財務モデルや価値算定に織り込むべき税金費用が明確にされ、税務効率的なストラクチャーを構築することで削減できる税金分だけ買収価格を上乗せすることが可能となり、ディール上優位にたつことができる。 しかし、買収・投資ストラクチャーの検討目的はこれにとどまらない。既述の通り税務デューデリジェンスの対象会社や対象税目等を適切に決定するうえで重要な基礎情報を入手することも重要な目的となる。買収・投資ストラクチャー次第で(例えば、資産買収なのか株式買収なのか)、どの対象会社のどの税目に係る租税債務を承継するかが決まるため、この検討なしに税務デューデリジェンスの範囲を適切に決定することは不可能といえる。

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