第1 はじめに
日本企業による海外企業の買収件数は、2013年以降毎年順調に増加してきたが、2019年後半から突如始まった新型コロナウィルスの世界的流行に伴い、2020年に減少に転じた。もっとも、2021年には再び海外企業の買収件数は増加に転じており、日本企業の置かれている競争環境を考慮すれば、今後も海外企業の買収が増加していくことが見込まれる。
本稿では、海外マーケット、特に米国及び欧州において、買収契約に共通してみられる主要な条項について、どのような条件が現在スタンダードとなっているかを考察する(注1)。欧州については、主に英国を代表例として採り上げつつ、適宜他の欧州の国の状況も対比として採り上げたい。なお、類似のテーマはこの連載でも何度か採り上げられているが(注2)、本稿では特に、コロナ禍を経て、従来スタンダードとされていた条件にどのような変化がみられるかを中心に考察するとともに、これまでの連載では触れられていない事項についても採り上げたい。
第2 各国における主要条項のトレンド
1. 概要
本稿では、非上場会社が対象会社又は資産の譲渡主体となる取引に際して締結される買収契約における主要な条件のうち、特に①譲渡価格の決定方法、②経営陣等に対するインセンティブ(rollover)、③
表明保証保険、④いわゆる
MAC条項、⑤対象会社を通常の実務の範囲内で運営する義務、及び⑥補償条項について考察する。
2. 譲渡価格の決定方法
(1) クロージング・アカウント方式 vs ロックド・ボックス方式
ロックド・ボックス方式とは、買収契約締結前の特定の時点の価値を基準時として譲渡価格を算定し、買収契約の締結時点で譲渡価格を確定させ、
クロージング後に譲渡価格の調整を行わない方式である。クロージングまでの事業価値の変動リスクを買主が負うことになるため、一般的に売主有利な方式と理解されており、新型コロナウィルスの世界的流行に伴いM&Aの件数が減少した際には、ロックド・ボックス方式は減少するのではないかとの予測もみられた。
実際には、