[【小説】経営統合の葛藤と成功戦略]
2014年12月号 242号
(2014/11/15)
山岡ファイナンスサービス社と渋沢ファイナンスコーポレーション社は、1年半に及ぶ準備期間を経て、ついに経営統合日を迎えた。物理的な組織融合も開始され全社員が新たな門出を迎えたが、従業員に影響を与える役員や管理職の中にも、未だに経営統合を他人事としてしかとらえていない者も少なからずいた。
業を煮やした松尾明夫と横山友樹は、経営統合アドバイザーの大門に経営統合化での意識改革の手法について助言を受けると共に、他社での具体的な失敗事例のレクチャーを受けることにした。
情報不足、情報格差
大門がプロジェクターで投影した資料には、タイトルに「製造業 X社事例」と記載されていた。
「この企業は意識改革の初期段階で躓いたケースです。先ほどお話しした『理解』『共感』『主体化』『行動化』の4つのプロセスでいえば、最初の『理解』させるところで問題が生じていました」
大門は松尾と横山に向けて説明を始めた。
「左脳で理解させるためには、なぜ変革をしなければならないのか、変革して何を目指すのか、具体的に何が変わるのかを論拠も含めて説明することが必要です。しかしこの企業では元来から従業員への情報発信というのが得意ではなかったのです。古き良き日本企業の体質といえばそれまでですが、よく言えば従業員は家族であり一心同体だという文化が根底にあったことと、役員層からすれば『従業員は黙ってついてこい』という考えが根深くあったため、経営統合前後での従業員へのコミュニケーションはかなり劣後していました。一言でいえば『情報不足』という状況です。経営統合しなければ、そのような文化でもしばらくはやっていけたかもしれません。しかし経営統合の相手先は従業員への情報発信を比較的熱心にやっていたために、合併後の両社社員間では明らかに大きな情報格差が生まれていました」
松尾も横山も黙って大門の話を聞いていた。
「合併後は相手会社の役員の計らいで、旧X社社員も従前よりは多くの発信に触れられるようになった。しかしいくら左脳での理解といっても、一度ですんなり頭に入る訳ではありません。一定の時間をかけて繰り返し実施する必要があります。またやや感情的な問題として、合併相手社員との情報格差があったことについて少なからずへそを曲げた社員もいました。結果として合併後のX社社員の状態といえば、会社が目指す戦略や経営変革の内容について『そんなこと俺は聞いていない。知らない』や『何かメールが届いていたが、読む暇が無いのでよくわからない』という有様でした。我々が相談に呼ばれた、統合後4カ月後の状態です」
大門は説明を続けた。
「この段階の課題に対して取るべき手段はシンプルです。従業員が最も目にしやすい形で、わかりやすく情報の発信を行うことです」
「この会社ではどのような手を打ったのですか?」
横山が問うと、大門は真面目な表情で答えた。
「社内報とハンドブックの配布です」
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[マールレポート ~企業ケーススタディ~]