[【小説】経営統合の葛藤と成功戦略]
2015年4月号 246号
(2015/03/15)
山岡ファイナンスサービス社と渋沢ファイナンスコーポレーション社は、1年半に及ぶ準備期間を経て、ついに経営統合した。物理的な組織融合も開始される中、新会社として真に生まれ変わりシナジーを確実に発現させるための意識改革・行動変革に向けた取り組みも、安藤雄三社長と田中宏明副社長、そして取締役会議長である野澤博人によるトップダウンで始まろうとしていた。
そんな中で、統合推進事務局長として、また統合後は統合シナジー推進室長として一貫して経営統合の中心的役割を果たしてきた横山友樹は、出向元であるメガバンクの取締役から緊急の呼び出しを受けた。
ファスト・トラック
横山はタクシーから降り銀行本店に入ると、足早にエレベーターホールに向かった。大学卒業後に新卒入行した時から、本店の佇まいは何も変わっていない。
入行後、転勤をいくつも経験しながら支店勤務を積み重ね、支店長代理に抜擢されるとすぐに横山は本店内の経営企画部門に配属された。本店勤務は6年間で、その後支店長職として支店に再度戻った。同期入行組では支店長登用が最も早く、しかも次に続くものは3年も後であった。いわゆる銀行のファスト・トラックに乗ったのだ。
おのずと横山の存在は目立った。妬みを持つ同期や、年下の上司となる横山を快く思わない部下も多くいた。しかし穏やかな性格であったことと、誰の話でも注意深く共感をもって耳を傾けてくれる横山の姿勢は、周囲の人間に自然と信頼感を植え付けていった。あたかも試すかのような態度で敵対的に接していた部下や近隣の支店長が、数カ月もすると多くが横山を頼りにし、慕っていた。横山はリーダーシップが強いというタイプではない。しかし周りの人間に対し尊敬と感謝を自然な形で示すことで、横山のフォロワーは年代問わずに増えていった。
最初の店で支店長を3年務め、その後大都市圏にあった旗艦支店の支店長に抜擢された。異例の若さである。通常であれば、執行役員クラスの実力と経験を兼ね備えた人物が就くポストなのだ。近隣の8つの支店を束ねるポジションの中で、横山はどの支店長よりも若かった。自分よりも20歳近く年上の支店長さえもいた。この抜擢には誰もが懐疑的で、地域内の支店長が集まった横山の就任歓迎会では露骨に白々しい雰囲気が漂っていた。
しかし横山は自らの職責を果たした。就任後1年間で、競合銀行との激しい貸出利率争いに終止符を打ち、地域内での貸し出しシェアを1位にまで高めたのだ。貸出利率を競合よりも若干高めに設定しながらも、顧客がビジネスパートナーとして選んでくれたのだ。徹底的な顧客峻別と、経営者に対するコンサルティング助言を強化した結果だが、同じような取り組みの成果が他地域では必ずしも出ていなかった中で、横山が管轄した地域の成果は群を抜いていた。
当然ながら、地域内の支店長は全員が横山の実力を認め、自然と忠誠心を持つようになった。2年目の業績は1年目をさらに上回ることは間違いなかった。しかし任期2年目の途中で、横山は本店に呼び戻された。全社的なリスク対策プロジェクトの責任者に任命されたのだ。横山は中途半端な時期の異動に異を唱えたが、上司からは「お前には、今後必要となる箔を十分に付けてやった。もはや現場にいる必要はない。これからは本店に仕え、全社的仕事を全うしろ」と諭された。
そしてその日以降、今回の経営統合案件の特命部長として出向を命じられるまで、横山は本店内で勤務した。
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