[【小説】新興市場M&Aの現実と成功戦略]

2017年8月号 274号

(2017/07/18)

第28回 『改革の新たなフェーズ』

 神山 友佑(デロイト トーマツ コンサルティング パートナー)
  • A,B,EXコース

【登場人物】(前回までのあらすじ)

  三芝電器産業の朝倉俊造はインドへの赴任を命じられた。1年半ほど前に買収したインドの照明・配線器具メーカー(Reddy Electricals)への出向である。
  インド固有の課題に悩まされ、そして創業家側の旧経営陣との軋轢を生みながらも、朝倉の先輩である日本人出向者達は、生産革新や流通改革に矢継ぎ早に取り組んでいった。
  朝倉の赴任も数カ月を過ぎた頃、インド全国への視察を終えた営業管理担当の小里陽一が本社に戻ってきた。そして小里のサポートを命じられた朝倉に対し、「代理店制度の廃止に加えて、抜本的な営業改革を断行したい」と言い放ち、朝倉にボード・ミーティング向けの企画書を作成させた。
  苦労しながらも何とか企画書の承認を勝ち得た朝倉は、すぐに改革を走らせようとする。しかし三芝電器には直営営業所の営業ノウハウが存在しない。本社からのサポートを得られなかった朝倉は、新入社員当時に実習で派遣された故郷の諫早電器店に電話した。そして10年以上前に研修で世話になった店主から、県内で優秀系列店として有名だった佐世保電器店の岩崎を紹介された。岩崎は腹心の古賀を連れてムンバイの地に降り立った。そしてレッディ社の直営店舗に対する、岩崎と古賀からの非公式な教育が開始された。
  そんなある日、本社に戻った朝倉は営業担当取締役である小里に声をかけられ、目下の営業改革について議論が始まった。議論は狩井宅での恒例の合宿議論に持ち越され、最終的に本社から投資を呼び込む手段としてコモンウェルス・ゲームズが活用されることになった。全員が一丸となり本社や関係会社との折衝に取り組んでいる中で、今度は製造管理担当の伊達から狩井に納入部品に関する問題提起がなされた。
  日本では考えられないようなトラブルに日々見舞われていたが、狩井はじめ日本人駐在員は徐々にインドでのビジネスの手ごたえをつかみつつあった。そしていよいよ、一度頓挫した取り組みを再始動させようとしていた。



創業の精神

  日本では想像がつかないような出来事に日々直面しながら、狩井はレッディ社のインドでのビジネス展開について、自らのビジョンを少しずつ構想してきた。当然ながらビジネス環境もとるべき戦略・施策も、日本の三芝電器産業とは大きく異なり、狩井がこれまで赴任してきた東南アジアとも違う。一方で入社以来叩き込まれてきた三芝電器創業者の精神は、インドでも普遍的に変わらず通じるところが多いと狩井は感じていた。
  企業理念とも行動指針とも取れる三芝電器の7つの創業精神は、素朴かつ実直な言葉でつづられている。インドのようなこれから伸び行く市場においてこそ、この創業精神はわかりやすく従業員と顧客の心に届くのではないか。狩井はそう感じ、月に一度の総合朝礼でも、できる限り創業精神に触れるようにしていた。
  狩井が社長に就任してから早くも1年半近くの月日が流れた。就任直後に取り組み、そして時期尚早と判断して中途半端な段階で止めたレッディ社独自の経営理念の策定を、そろそろ再始動させるころだ。狩井も日本人駐在員も、それぞれがインドでのビジネスに手応えを掴みつつある。
  しかし経営理念の策定を再開させる前に、狩井にはもう一つ見極めるべきことがあった。現在のローカル幹部の継続登用の可否である。彼らが「新たなレッディ社」を語るのにふさわしい人材なのか、狩井の中の迷いが払拭できていなかったのだ。
  ある日の夕方、狩井は井上と小里の2人を社長室に呼んだ。既に退社したローカル従業員も多く、オフィスは閑散としていた。いつもと変わらぬ様子で社長室に入ってきた2人に、狩井は切り出した。

PMIの段階

「以前からずっと考えてきたことだ。そろそろレッディ社の執行体制に、もう一段踏み込んでメスを入れるべきタイミングだと感じている」

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