[【小説】新興市場M&Aの現実と成功戦略]

2018年1月号 279号

(2017/12/15)

第33回 『改革精神の根源:フレッシュな違和感』

 神山 友佑(デロイト トーマツ コンサルティング パートナー)
  • A,B,EXコース

【登場人物】(前回までのあらすじ)

  三芝電器産業の朝倉俊造はインドへの赴任を命じられた。1年半ほど前に買収したインドの照明・配線器具メーカー(Reddy Electricals)への出向である。
  インド固有の課題に悩まされ、そして創業家側の旧経営陣との軋轢を生みながらも、朝倉の先輩である日本人出向者達は、生産革新や流通改革に矢継ぎ早に取り組んでいった。
  朝倉の赴任も数カ月を過ぎた頃、インド全国への視察を終えた営業管理担当の小里陽一が本社に戻ってきた。そして小里のサポートを命じられた朝倉に対し、「代理店制度の廃止に加えて、抜本的な営業改革を断行したい」と言い放ち、朝倉にボード・ミーティング向けの企画書を作成させた。
  苦労しながらも何とか企画書の承認を勝ち得た朝倉は、すぐに改革を走らせようとする。しかし三芝電器には直営営業所の営業ノウハウが存在しない。本社からのサポートを得られなかった朝倉は、新入社員当時に実習で派遣された故郷の諫早電器店に電話した。そして10年以上前に研修で世話になった店主から、県内で優秀系列店として有名だった佐世保電器店の岩崎を紹介された。岩崎は腹心の古賀を連れてムンバイの地に降り立った。そしてレッディ社の直営店舗に対する、岩崎と古賀からの非公式な教育が開始された。
  そんなある日、本社に戻った朝倉は営業担当取締役である小里に声をかけられ、目下の営業改革について議論が始まった。議論は狩井宅での恒例の合宿議論に持ち越され、最終的に本社から投資を呼び込む手段としてコモンウェルス・ゲームズが活用されることになった。全員が一丸となり本社や関係会社との折衝に取り組んでいる中で、今度は製造管理担当の伊達から狩井に納入部品に関する問題提起がなされた。
  日本では考えられないようなトラブルに日々見舞われていたが、狩井はじめ日本人駐在員は徐々にインドでのビジネスの手ごたえをつかみつつあった。そしていよいよ、一度頓挫した取り組みを再始動させようとしていた。



改革推進の潮目

  10月1日の新体制発足後、様々な取り組みが矢継ぎ早に開始された。経営幹部が集い、狩井自らが率いる経営理念タスクフォースはその最たるものだが、イントラで放映が始まったレッディ社ブロードキャストのように、従業員が身近に目にするような取り組みも進められた。
  何か大きな取り組みが時限措置を設けられながら進められることは、従業員の中にも何かしら高揚したものを呼び起こす。大胆な人員入れ替えが行われた本社と製造部門では、多少ならず混乱が生じ、不満を感じる場面に出くわした従業員も決して少なくはなかった。しかしそれよりも、「なにか新しいことが始まるのだな」という期待感の方が全体では上回っていた。
  また楽しげで華やかな取り組みに限らず、レッディ社内では様々な領域で、同時並行的に改革が本格的に始動し始めた。むろん三芝電器産業による買収後、これまで1年半の間にも様々な改革の取り組みが本社・営業部門・製造部門で実施されてきたことは事実だ。しかし少人数の出向者でできることは、試験的なトライアルに留まらざるをえないケースも多く、レッディ社全体に浸透したものはそれほど多くない。これまでは日本人駐在員が孤軍奮闘しながら改革の方向性を見定めてきたが、ヘッドハンティング組も含め体制が拡充された今、改革を一気に、かつ包括的に全社に広げる段階へとようやくたどり着いたのだ。

妥協を覚える前の、貴重な期間

  新体制発足から1カ月余りが経った11月半ば、狩井は井上に命じて、部長職以上全員を土曜正午に招集した。夕方までの半日ワークショップを開催することにしたのだ。日本と異なり、レッディ社の殆どの従業員は土曜日も勤務である。そのため1週間前の急な招集であったにも関わらず、営業の一部を除き全員が本社に集まった。
  会議のアジェンダは「レッディ社の課題の棚卸し」とだけ伝えられ、事前の準備等は特に求められなかった。
  もともと経営理念検討タスクフォースで、毎週一度は顔を合わせているメンバーだ。会議室に入ると「やあ、元気か?」と和やかに会話が始まり、明日は週に一度の休みということもあって、明るくリラックスした雰囲気に会議室は包まれていた。
  サンドイッチのランチボックスが配られ、大きな紅茶ポットがテーブルの上に置かれると「さあ、始めましょう」と狩井が口火を切った。

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