M&Aの基本的な手法やアプローチの本質は変わらない
―― 名著とされる『Investment Banking』邦訳の意義を教えて下さい。
「アメリカの投資銀行の現場で長く読み継がれている定番書です。多くのビジネススクールでも教材として採用されています。現職者は多忙で、M&A実務は伝統的なMBAの授業で学ぶ理論重視の内容とは異なるため、現場に即した書籍はあまり出版されていません。ですから、実際の実務経験を持つ専門家たちによって執筆されたこの書籍は非常に稀少です。投資銀行に関心を持つ人、その業務に携わりたいと考える人たちが実務を知る良書だったのだと思います」
―― 訳者として、どのような感想を持ちましたか。
「原書の『Investment Banking』も読んだことがなく、私が1990年の前半に体験していた実務から随分変化したのかと思っていましたが、読んでみると内容がさほど変わっていないことに驚きました。M&Aの基本的な手法やアプローチは、当時からほとんど変わっていないと感じました。
現在の日本のM&A市場で求められているレベルと本書の内容はさほど乖離していないと感じます」
「バリュエーションはアートとサイエンスの究極の融合」
―― 邦訳版は、若手がM&A実務の基本を身につけるのに適切な本との評価が多いようです。
「当時も今も、大事なのは基本的な作業を徹底的に行うことです。現在はSPEEDAなど便利な情報ツールもありますが、会社のバリュエーションの実務においては、財務諸表の正確な読解能力、値付けに関する知識がなければ会社に価値あるアドバイスを提供できないと思います。
この書籍の内容は、投資銀行業務の第一線で活躍するベテランが高い付加価値を持つアドバイスを提供するための基礎を整えるためのものです。M&Aアドバイザリー業務では、若手が下準備を行いその上で経験者が独自の判断や感覚を加えることで、高い価値を持つアドバイスが生まれるからです。たとえるなら、寿司職人の見習いが素材の下ごしらえからM&Aを学ぶような指南書と言えます。
あと、書籍の中で頻繁に触れられるフレーズとして、『バリュエーションはアートとサイエンスの究極の融合である』という考え方があります」
―― それはどんな含意ですか。
■森生 明(もりお・あきら)
1983年、京都大学法学部卒業。日本興業銀行入行。91年~94年にゴールドマン・サックスにてM&Aアドバイザー業務に従事。その後米国上場メーカーのアジア事業開発担当、日本企業の経営企画・IR担当を経て独立。西村あさひ法律事務所顧問などを経て、現在はグロービス経営大学院で教鞭をとり教材開発を行なっている。