<ポイント>
・上場企業の2023年1-10月のM&A件数は前年比1.5%増で推移し堅調
・特に注目されるのは新たな事業を創出する「事業開発」という論点
・M&Aの文脈での注目セクターは化学、ヘルスケア・医薬品、物流、通信、電機、保険の6つ
上場企業のM&A意欲は旺盛 ―― 2023年の日本のM&A市場をどう総括していますか。
「2023年のM&A市場は、全体的としては件数ベースで対前年比約10%の減少となっています。しかし、私たちが企業との直接の対話を通じて感じているのは、多くの企業がM&Aに積極的に取り組む意向を持っていることです。
レコフM&Aデータベースを基にBCGが分析したところ、ベンチャー企業関連のM&Aを除外した上場企業における2023年1-10月のM&A件数は前年比1.5%増で推移しており、過去最高件数を達成した昨年よりも伸長していることから、依然として積極的にM&Aが行われていることが分かります。少なくとも日本の上場企業のM&Aへの姿勢はアグレッシブであると認識しています」
―― 2024年に向けて、経営陣の関心事は『どう成長するか』にあるとのことです。
「2024年の日本企業のM&Aは、全体として拡大すると捉えています。特に大企業は、M&Aを軸に成長戦略や新しい取り組みを模索しています。企業や業界が直面する課題を解決するための重要な手段として、M&Aの位置づけや重要性は変わらないと見ています。
なかでも、私たちが注目しているM&A市場に影響を与えるビジネスアジェンダは以下4つです。
第1が、周辺事業や中核領域から離れた『飛び地』で新規事業を創造する、あるいは既存事業のビジネスモデルを変革する『事業開発』という論点です。ほとんど全ての業界で、新たな事業創造や事業変革のためのM&Aが現在も進行中ですが、通信、保険(生命保険・損害保険)、エネルギー、電機・機械などのセクターが特に活発です。
2023年8月、経済産業省が『
企業買収における行動指針』を公表しましたが、その中で『敵対的買収』を『
同意なき買収』と言い換えたことが広く報道されました。異業種での事業開発を志向する企業が、単独では株主の期待に応える成長が難しい上場企業に対して、『同意なき買収』を含めた買収提案をすることが増加すると見込んでいます。
第2が、『グローバリゼーション』です。グローバル展開を目的としたM&A活動は、経営課題に上がりながらもコロナ禍や国際情勢の影響で具体的な活動を止めざるを得ませんでした。しかし、今年に入って回復傾向にあり、10月末時点での前年同期比、件数ベースで4%増、金額ベースでは60%増となっています。この点では、物流、化学、建設業界などが先行して回復しており、今後の動向に期待しています。
第3が、『業界再編』です。脱炭素への大きな流れや中国企業の台頭により個社単体での国際競争力低下の影響を受けた化学業界の中の石化事業や不織布事業などの再編が動き出しています。また、ジェネリック医薬品では安定供給に向けた産業構造の在り方が議論されていますし、その他にも半導体、自動車部品、地方銀行など、それぞれ文脈は違いますが、多くの業界で再編が進行しています。
そして第4が、『事業売却』です。第3の業界再編を目的とした事業の切り出しに加え、
PBR1.0倍割れ問題に対する対応、アクティビストの活動のさらなる活性化、もしくは1つ目の事業開発などの成長施策に必要な原資の獲得のために日本企業は事業売却をこれまで以上に真剣に考える必要性が高まっており、来年さらに活発化すると見ています。
この大きく4つの動きが来年以降の日本のM&Aを牽引するドライバーであると考えています」
『事業開発』が新しいトピックに ―― 4つポイントがあるとのことですが、その中でも特に大きく影響しそうな点はどこですか。
■横瀧 崇(よこたき・たかし)
早稲田大学第一文学部卒業。ソフトバンク、グローバルコンサルティングファームを経てBCGに入社。BCGコーポレートファイナンス&ストラテジーグループの日本共同リーダー。19年以上のコンサルティング経験を有し、さまざまな業界の企業に対し、M&A、アライアンスを支援している。グローバリゼーションを主眼とした大規模クロスボーダーディールに加えて、最近では事業開発や事業転換、デジタルトランスフォーメーションを実現するためのM&Aや業務提携などのプロジェクトを多く手掛けている。日本企業のPMI支援(M&A後の統合)のため、シンガポールとフランスに居住した経験もある。共著書に『BCGが読む 経営の論点2024』(日本経済新聞出版)。