左から真山 仁氏、山本 礼二郎氏 真山仁著『ハゲタカ』が最初にドラマ化されたのは、07年2月17日から放送されたNHK土曜ドラマ枠だった。企業買収をめぐる人間くさい欲望のドラマを描いた『ハゲタカ』はシリーズ累計240万部を超えるベストセラーとなり、いまだに読み継がれている。今回、その『ハゲタカ』が平成という時代を象徴する作品としてテレビ朝日でドラマ化された。『ハゲタカ』に真山氏はどのようなメッセージを込めたのか。佐山展生氏とともにM&A投資事業の考証を担当した1人であるインテグラルの山本礼二郎・代表取締役パートナーと縦横に語っていただいた。
- 13年のフリーライター時代を経て
- 小説家だから書けること
- 「本当にそれでいいのか」という疑問が創作の原動力
- 『ハゲタカ』は歴史小説
- 不祥事相次ぐ名門企業
- 2つのコード
- 賞味期限切れの企業
- 海外買収が失敗する原因
- 経営者が覚醒する唯一の方法
13年のフリーライター時代を経て山本 「真山さんは、読売新聞の記者だったんですね」
真山 「記者生活は2年半でしたけど」
山本 「いつ頃から作家を目指そうと思うようになったのですか」
真山 「高校時代には、小説家になろうと決めていました。その修行のために新聞社に入って、取材力と分かりやすい文章と人脈をつくろうという不遜な考えを持ちまして、新聞社で10年修行して、その後小説家デビューするというのが一応の目標でした。大学卒業後なんとか中部読売新聞(のち読売新聞中部支社)に拾っていただいて、結局2年半で辞めています。記者の仕事は好きでしたし楽しかったのですが、そのうちに見出しありきの原稿を書かなければならないようになると悩みました。最終的にこのままでは自分がなろうとしている小説家から遠ざかると思い、新聞社を辞めて13年ぐらいフリーライターをやりながらミステリーのいろいろな賞に投稿していました」
山本 「フリーライターの期間が結構あったんですね」
真山 「長いです。フリーライター時代は大阪でエンターテインメントのプロモーション原稿を書くことが多かったです。だから、経済の知識に関しては、今でも時々山本さんに笑われるぐらい駄目なのです(笑)」
山本 「デビュー作は?」
真山 「2004年の『ハゲタカ』ですが、その前年に『香住 究』という共著のペンネームで『連鎖破綻―ダブルギアリング』を書きました。ダイヤモンド社からビジネス書のゴーストライターの仕事を受けていた頃、同社で『経済小説大賞』を作ろうという話が持ち上がって、その際、ダイヤモンド社でも新人作家を発掘していこうということで私に声がかかったのがきっかけでした。
ダイヤモンド社で不動産金融工学の難しい本が出版された時、著者の先生の難しい話を微分方程式を使わずに私が書いて好評だったこともあって、だったら経済小説も書けるだろうということで話が来たのです。
白状しますと、私は『ダブルギアリング』を書くまで企業小説、経済小説を読んだことがありませんでした。山崎豊子さんの『華麗なる一族』や『沈まぬ太陽』などは好きでしたが、私の中であれは経済小説とは思っていませんでしたから、経済小説をどう書いていいのかわからない。引き受ける時はかなり悩みました。
私にとって経済は遠い話だったのですが、高度経済成長が終わり、20世紀の終わりぐらいから、社会を知るためにお金の流れが分からないといけないということはわかっていました。それまで経済をやってこなかった分、逆にすごく新鮮でもありました。
人が作る社会なのに、すべてを数字に置き換えていく発想が、どこか経済にはありますよね。だから、経済小説は数字から入ります。でも私は経済って欲望の結果だと思っているんです。多くの日本人が知りたいのは、なぜ人は金で転んだりするのか、あるいは数式通りにいかないのはなぜかということだと思います。
『ダブルギアリング』がそれなりに成功し、晴れてダイヤモンド社から一人で書いていいと言われたときに、人間くさい欲望のドラマのバックボーンが経済の世界にある、そんな小説を書きたいとお伝えしたところ、それでOKが出た。
だから『ハゲタカ』は、日米の政治家同士が後ろでいろいろつるんだり、陰謀があったり、裏切りがあったりして、それまでの企業小説、経済小説とは違うものになりました。ある意味構えを大げさにして、登場人物をものすごく人間臭くすることによって、数字の裏にある人間の欲望を出したかった。そのスタンスが結果的に今でもずっと続いていて、経済だけでなく政治、社会をテーマにする作品にまでつながっていると思っています」
小説家だから書けること山本 「たしかに、04年に発表された『ハゲタカ』はそれまでにない経済小説が出たという新鮮なものがありました」
真山 「とにかく、経済小説というジャンルを気にしないで読んでもらえるものを書こうと思っていました。どちらかというと、社会の“常識"はどこまで本当なのかということを小説でやりたい。だから、読んでいる人にとって、今自分がいる社会とよく似た設定なのに、物語がどんどん“常識"と反対の方向に展開していく。そうすると視点が2つになるわけです。私は、それが…