組織化を進め、リサイクル事業を開始 ―― 投資後の取り組みのポイントを教えてください。
中村 「まず1点目は、事業承継型の投資案件でよく見られる課題ですが、ツバキスタイルは『すべての情報がオーナー社長の頭の中にしかない』という状況でした。組織化が課題であり、社長の頭の中にあるビジョンやKPIを具体的に分解し、可視化することが必要でした。『次に何をすべきか』『現在の会社の状況はどうか』『今後取り組むべき課題は何か』などを明確にし、組織として動けるようにすることが非常に大変でした。
2点目は、買収を進める際、『化粧品容器のリサイクル事業を展開するのは面白いのではないか』という話が持ち上がっていました。しかし、調査しても、その実現可能性は確かではありませんでした。日本にはペットボトルのリサイクル事業はいくつかありますが、化粧品容器のリサイクル事業は存在しません。マーケティングの中で、リサイクル事業には大きなビジネスチャンスがあると考えていましたが、買収時点では本当に実現可能かどうかは不透明でした。
そのため、買収の際には、①リサイクル事業を進める場合、②進めない場合の2つのシナリオを作成し、それをもとに銀行や投資委員会に説明し、両方のケースの承認を得て投資に至りました。リサイクル事業には大きな投資が必要になりますが、それが成功するかどうかが投資の成否を決定づけるものではなく、『どちらの場合でも投資として収益性が確保できる』という基準で投資を実行しました。リサイクル事業の検討が買収後の最初の1年の主要テーマとなりました」
―― その後、リサイクル事業を始めるに当たってどんな要因・背景があったのですか。
中村 「まず、九州工場の近くに良い土地が見つかったことが大きな要因です。次に、リサイクルの需要が実際にあるかどうかを綿密にマーケティングし、丸紅に相談したり、取引先にヒアリングを行った結果、環境問題への関心が非常に高いことが分かったことです。
上場企業では通常、営業利益やROAの達成がKPIとして重視されていますが、現在は同じくらいCO2削減への取り組みが求められており、多くの企業が対応に苦慮しています。特に化粧品容器を製造する会社は、リサイクルはおろか、製造工程で発生するロスをすべて廃棄物として処理している状況です。この問題を何とかしたいという強いニーズがあり、『これは事業性がある』と判断して、リサイクル事業に乗り出すことを決めました」
―― リサイクル事業の開始にあたり、グループ内で苦労された点はありましたか。
杉山 「2つの大きな壁がありました。
1つ目は、国内に前例がない事業なので、普及や認知してもらうための難易度が極めて高かったことです。飲料用のペットボトルであれば、すでに国内にもリサイクルのプラットフォームが整っています。一方、化粧品やトイレタリーのプラスチック容器は、そのほとんどがゴミとして焼却されているのが現状ですから、そもそもリサイクルという発想自体が世の中にも、お客様の間にも、社内にもなかったのです。
この状況をうまく変えていくのは本当に難しく、結果的に事業開始から今に至るまで、ずっと普及活動を続けています。
2つ目は、会社規模に対して相当額の投資をともなうため、本業以外の部分で大きなリスクを負う点でした。前例がない事業に投資するわけですから、回収の目途が立つかどうかについて、中村さんをはじめとするファンドの皆さんと一緒に綿密な収支計画を練り、その上でようやくGOサインを出したという経緯があります」
ジョイントベンチャー形式で設立 ―― アイ・シグマ・キャピタルならではの取り組みはありますか。
中村 「大きなポイントが2つあります。1つ目は、PEファンドの強みを活かし、ジョイントベンチャー形式で新事業のリサイクル事業『ビューティクル』を展開している点です。売上が40〜50億円規模の会社が、リサイクル事業を単独で行うのは負担が大きく、販売力も十分ではありません。
このジョイントベンチャーのパートナーは、業界で非常に有名な容器商社のグラセルです。グラセルの創業者、谷村敏昭会長は業界の重鎮で、今回のジョイントベンチャーでも代表取締役会長としてビューティクルを率いています。
中堅企業は何でも自社で完結させようとする傾向がありますが、ファンドとして、事業の将来性と最も合理的な方法を考え、グラセルとタッグを組んで『二頭体制』でビューティクルを立ち上げました。椿化工が3分の2の株式を持ち、残りの3分の1をグラセルが保有しています。販売はグラセル、その他の点はツバキスタイルグループというように、お互いが得意な分野を活かしながら、不足しているピースをグラセルに補ってもらう形で一緒に事業を進めていく。このような取り組みは、通常の事業会社ではなかなか難しいのです。
自分たちの得意分野と不足している部分は冷静に分析しました。私たちは内部の人間であると同時に、外部の視点を持っているため、事業に対する客観的な分析ができたのだと思います」
―― 2つ目の取り組みは何ですか。
中村 「外部からプロの経営者である杉山さんをツバキスタイルの社長に迎え入れたことです。杉山さんは製造業での経験があり、ユニチャームやアディダスでも長年活躍してきました。ビューティクルを立ち上げる際に最も重要なのは、組織化とマーケティングの力です。ビューティクルのマーケティングに注力しながら、組織の整備も進めています」
―― 杉山さんはご自身の経験が特にどの部分で生かされたと感じていますか。
杉山 「私はこれまでコンシューマー向け事業が長かったので、最初にアイ・シグマ・キャピタルさんからお話をいただいた時は、正直お引受けするべきか迷いました。
ただ、自身の過去を振り返ると、さまざまな業界に自分の強みがない状態で飛び込んでいった経験がありました。その場合、自分にできないことは他の人にお願いすることになるので、常に組織や人員をどう動かすかを考え、時にはお客様の協力も得ながら会社を動かしてきました。ツバキスタイルグループの経営でもこうしたノウハウが役に立っていると感じます。
特に入社直後は業界のことをほとんど知らない状態でしたし、リサイクル事業に関しては社内にもノウハウが不足していたので、本当にゼロからのスタートでした。
そこで私たちが何をしたかというと、ある原料商社グループのリサイクル企業のもとで技術研修をしました。他の分野で高い技術を持つ企業の協力を受けながら実証実験を繰り返し、結果的に自社グループの技術力を高めることができたのです。
自分たちだけでは解決が難しい問題に対して、『いかに社外のリソースをうまく活用していくか』という発想がなければ、リサイクル事業の立ち上げは難しかったと思います」
―― ビューティクルの立ち上げ後、社内にはどのような変化がありましたか。
杉山 「実は、最初の頃は『リサイクルよりもボトルを作っているほうが儲かりますよ』という反応が大半でした。
そうした中、グラセルの谷村会長からある化粧品メーカーをご紹介いただく機会があり、それを契機に『販売した製品の容器を自社で回収して、リサイクルしたい』というお客様が少しずつ増えていきました。
これが結果的に『リサイクル事業をフックにして製造の受注が取れるかもしれない』という意識を生み、誰かが結果を出して、それを見た社員が続くという、良いスパイラルが社内に広がっていきました」
リサイクルの新たなカルチャーを生み出す ―― 投資実行後の
EBITDAや売上の増加率はどのようになっていますか。
中村 「投資直後、売上は40億円台でした。リサイクル事業が量産体制に入ったのはごく最近です。しかし、グループ全体の売上は約60億円まで成長しています。利益率は大きく変わっておらず、EBITDAマージン率は約20%です」
―― この投資案件の事業理念やコンセプトを教えてください。
中村 「メインコンセプトは、『人をきれいにする化粧品が、地球を汚してもいいのか』という問いかけです。ペットボトルの容器はシンプルな作りでリサイクルも容易ですが、化粧品の容器はそう簡単にはいきません。化粧品の容器は見た目が重要で、刻印があったり、剥がれないシールが使われていたり、さまざまな色がついています。これらの容器をリサイクルするには技術的な課題が多いのです。
2022年4月にプラスチック資源循環促進法が施行され、レジ袋の有料化もCO2排出削減の意識改革を日本に広める一助となりました。欧州と比べて遅れていた日本の環境問題への意識も変わってきています。企業の永続性を考える上で、ESGに取り組むことは避けられませんし、むしろそれにコミットする企業は成長が期待できます。『化粧品の容器は色がついているからリサイクルは無理だ』という従来の考えを排し、実際にリサイクルを行い、『できる』と証明しようとしています。
具体的な協業先としては、新日本製薬、アートネイチャー、シャボン玉石けん、さらには東急ホテルグループなどと協力しています。たとえば、シャボン玉石けんでは病院向けの使い終わった容器を全て廃棄していましたが、それを回収してリサイクルしています。トップ企業とタッグを組み、業界に新しい風を吹き込んでいます」
―― ツバキスタイルグループが目指す企業の姿を教えて下さい。
杉山 「ESGの観点では、私たちは化粧品容器のリサイクル事業を展開する国内唯一の企業なので、業界内で独自のポジションを持つパイオニアとして成長を続けていきたいと考えています。
売上規模の観点では、私たちのビジネスは常に投資を伴うので、ベースとなる体力を底上げしていく必要があります。まずは60~70億円、その先に100億円を目指します。
最後は企業としてどのような価値を生み出していくか、という観点です。法律は施行されましたが、プラスチックの分別回収の取り組みが普及しリサイクルのプラットフォームが整備されたかというと、まだ着手できていないのが現状です。ですから、私たちは政府やリサイクルに積極的な自治体と一緒になって新しいカルチャーを生み出していきます。
新たな価値を自らリードして作り上げていく。それがESGに取り組む企業として最も重視すべきことだと思っています」
(聞き手 レコフデータ 神藤 誠)