日本プライベート・エクイティ協会(JPEA)は9月3日、
2023年度の「JPEAアウォード」対象案件を発表した。
JPEAアウォードは、各年度にJPEAの正会員が関与した案件(新規投資、一部/全部売却、対象期間中にプライベート・エクイティが関与したことによる明確な価値創造)のうち、「プライベート・エクイティの社会的意義及び機能」、「プライベート・エクイティによる産業、経済、社会への貢献」を果たした案件を、外部有識者によって構成される選考委員会にて厳選し、決定している。
10回目となる今回のアウォードでは「エントリー賞」「エグジット賞」がそれぞれ1件、「ESG賞」が2件選出された。
各賞の投資先企業とPEファンドの双方に、投資の経緯や投資期間中の取り組みを聞いた。
「ESG賞」案件概要対象会社 | 武州製薬株式会社 |
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スポンサー | KKR |
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売り手 | BPEA EQT |
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案件発表 (年月) | 2022年12月 |
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事業概要 | 医薬品や治験薬の受託製造を担う専業CDMO(医薬品開発製造受託機関) |
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業績推移 | 売上372億円(2024/3月期) |
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主な 価値創造 | 設備投資の加速および注射剤の充填領域における新規投資の実行 KKRのグローバルなバイオテック・製薬分野におけるネットワークを活用して、顧客開拓を支援 全従業員オーナーシップ制度『Bushu Employee Ownership Program (BEOP)』の導入による従業員エンゲージメントの向上支援 会社規模拡大及びグローバル展開にあわせたERP統合のためのSAP Hanaの導入支援 |
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選考理由
今までも
PEファンドが買収した企業で
ストックオプションを導入しているケースは多く見受けられる。しかしながら、ストックオプションの付与の対象となっているのは一定以上の幹部職員に限られるのが通常である。このような制度では、ストックオプションを与えられた幹部職員にとってはコストカットのインセンティブになりうることもある。そのためPEファンドは、従業員の雇用と賃金を削減し
企業価値を高めているとの批判があるのも事実である。
今回、表彰対象となった『KKRジャパン-武州製薬』のケースは、幹部社員だけでなく嘱託社員も含めた全従業員にオーナーシップを与えるものである。米国においては、KKRが2011年頃からこの制度の導入を始め、他のGPにも広がりを見せているが、日本では初めてのケースである。
従業員オーナーシップ制度は、『従業員エンゲージメント』つまり「会社に貢献したい」という従業員の自発的な意思、意欲がキーになる。新たにやる気を出した従業員が会社の利益に貢献し、PEファンドが従業員に分配する金額を上回る企業価値の上昇があれば、PEファンドは実質的に利益を犠牲にして従業員にオーナーシップを与えたことにはならない。
今回の制度は、ファンドが企業を売却する時点で従業員に現金で分配が行われるので、ファンドと従業員の企業価値の向上に関する利害は一致しており、非常に大きなポテンシャルを秘めた制度だと評価した。
しかしながら、この制度はまだまだ実験段階であることは否定できない。たとえば、この制度を餌に従業員に低賃金を強いる企業が出現する可能性もある。この実験がうまくいき、この制度が、真に従業員とファンドの双方にとってWIN-WINの関係となることに寄与するものであると実証されることを願って、表彰したい。
ライフサイエンスとインフラの視点で経営をサポート ―― 武州製薬の事業内容を教えて下さい。
髙野 「武州製薬は医薬品受託製造の専門企業です。一言で医薬品と言っても関連する事業は幅広く、製造の他に包装や保管管理、医療機器の修理業、卸売販売業なども手掛けています。
会社の設立は1998年で、塩野義製薬が受託製造部門を
スピンオフする形でスタートしました。その後、親会社の方針転換に伴い2010年にPEファンドの傘下に入り、以降は複数ファンドのもとで成長を続けてきました。KKRはPEファンドとしては3社目のスポンサーです」
―― これまでに複数のファンドのスポンサーを経験していますが、KKRのサポートにはどのような特徴があると感じますか。
髙野 「KKRは社内にライフサイエンスに特化した部門を持っているため、当初から医薬品の受託製造事業に対する理解がありました。さらにユニークなのは、中村さんを中心としたライフサイエンス部門に加えて、インフラストラクチャー部門が当社の経営に関わっていることです。
医薬品事業は投資してから利益が出るまでに早くても3~5年かかります。KKRがスポンサーになってからは、医薬品の視点ではライフサイエンスチーム、長期的なビジネスの視点ではインフラチームとディスカッションができる、非常に面白い関係が作れていると感じます」
―― KKRは2022年12月に武州製薬への投資を発表しました。同社のどこに着目したのでしょうか。
中村 「髙野さんがお話されたライフサイエンスとインフラの視点、それぞれでポイントがあります。
ライフサイエンスの視点では、いま国内外の製薬企業は最も付加価値が高いR&Dにリソースを集中させて、比較的付加価値が低いと見なされている製造や販売はアウトソースする動きが拡大しています。この流れを踏まえると、武州製薬は国内の医薬品製造受託企業ではトップの地位にあり、非常に魅力的でした。
他には医薬品製造受託事業に特有の「スティッキネス(粘着性)」も挙げられます。医薬品は一度製造を委託すると許認可等の問題からすぐに委託先を切り替えることが難しい特性があり、これが事業の安定性につながります。
インフラの視点では、KKRはインフラの定義をエネルギー施設や空港、鉄道、道路といった狭義のインフラに限定せず、社会貢献度が高い資産という広い意味で捉えていて、武州製薬もその対象でした。また、医薬品製造事業は投資を行い、設備が稼働し、キャッシュフローを生み出すまでに時間がかかり、その間もしっかりと実物資産に投資を続けることが必要ですから、投資サイクルの点でもインフラとの親和性がありました」