左から佐藤隆雄氏、伊藤政宏氏
日本プライベート・エクイティ協会(JPEA)は9月3日、
2023年度の「JPEAアウォード」対象案件 を発表した。
JPEAアウォードは、各年度にJPEAの正会員が関与した案件(新規投資、一部/全部売却、対象期間中にプライベート・エクイティが関与したことによる明確な価値創造)のうち、「プライベート・エクイティの社会的意義及び機能」、「プライベート・エクイティによる産業、経済、社会への貢献」を果たした案件を、外部有識者によって構成される選考委員会にて厳選し、決定している。
10回目となる今回のアウォードでは「エントリー賞」「エグジット賞」がそれぞれ1件、「ESG賞」が2件選出された。
各賞の投資先企業とPEファンドの双方に、投資の経緯や投資期間中の取り組みを聞いた。
「エグジット賞」案件概要 対象会社 株式会社モリテックス スポンサー Trustar Capital Partners Limited 買い手 Cognex Corporation 案件発表 (年月) 2023年8月30日 事業概要 マシンビジョン事業向けのレンズ、照明など高品質な光学部品の開発・製造・販売 国際的な業界トップ企業を含む強固な顧客基盤に向けた幅広く高度なソリューションの開発・販売 業績推移 投資時:売上高約75億円、EBITDA一桁億円前半、エグジット時:売上高約100億円、EBITDA二桁億円中盤 主な 価値創造 市場戦略の見直し(半導体中心から他分野(電子部品、スマート関連分野、再生エネルギー、電気自動車、自動運転等)へ進出、国内中心から海外への事業・製品展開) 収益性改善(価格戦略の見直し、海外への生産移管推進、調達網の見直し) 旧親会社からの独立支援(業務や意思決定プロセス、評価体系、システム等全般の見直し)
選考理由
モリテックス社は、ベンチャー企業から急成長した会社で、チャレンジ精神が旺盛であったが、欧州の大企業が大株主となったあと、機動力が弱体化し、グローバル展開や新規事業参入をしにくい体制になったなど、いくつかの課題が生じていた。結果、国内の特定領域に依存したまま、海外展開や新領域進出、サプライチェーン改善など大きなポテンシャルを具現化できず、管理の弱さも相まって収益性が悪化していた。
そこにTrustar Capital Partnersが投資家として入り、海外拠点をグローバルビジネスに即した形に再構築し、結果、海外売上は4倍超に成長(海外売上比率は約10%から30%超まで増加)した。日本及び中国に跨っていた研究開発・生産体制も見直し、QDCの更なる改善を目的としてベトナムで新工場を設置し、日本で研究開発、中国及びベトナムで生産というグローバルバリューチェーンの最適化を推進した。日本国内及び半導体関連領域にとどまりがちだった事業領域も、海外展開において市場調査、戦略策定、顧客の特定から紹介まで幅広く支援した結果、半導体中心からエレクトロニクス、物流、食品、再生可能エネルギー、自動運転(LiDAR)、電気自動車(EVバッテリー)等へと拡大させた。
エグジット先は、この業界でグローバルリーダーの米社であるが、これは、同社の
エグジット 先になれる日本企業がいなかったという昨今の日本の製造業の実態を垣間見るようであり、わが国の製造業の現実を顧みる契機を与えてくれたともいえる。
本件は、エグジット案件の評価基準である①案件の新奇性、革新性、オリジナリティ、エントリーにおける優位性、②ファンドによる付加価値創出、③リターンという3つの要素とも高評価であったが、特にリターンについては、応募書に「PE業界の歴史の中でもトップクラスの投資倍率を達成」とあったように傑出した数字であった。エグジットまでに8年半がかかったが、その間に、投資先と
PEファンド が二人三脚で、同社が持つ潜在的な価値を顕在化させていき、競争力の高いグローバル企業へ変貌させた好事例として今後の更なる発展を願って表彰したい。
製造業としてのポテンシャルに着目 ―― 最初に、モリテックスの事業概要と、トラスター・キャピタル・パートナーズ・ジャパン(2023年にCITICキャピタル・パートナーズ・ジャパンから社名変更)の傘下に入るまでの経緯を教えて下さい。
佐藤 「モリテックスは産業用レンズや照明の設計から販売までをワンストップで手掛ける企業です。従来の製品用途は、画像センサーから入力された情報を解析して産業製品の検査や測定を行う『マシンビジョン』向けが中心でしたが、近年は他の様々な領域に活用が広がっています。
2015年1月にトラスター・キャピタル・パートナーズ・ジャパンがスポンサーになる前はドイツの産業用ガラスメーカー、ショットが株式の約7割を保有していました。ショットは自前でレンズや照明のビジネスを持っていたので、モリテックスを通じて日本で彼らの製品を売っていくことを目指していたのですが、私たちが日本で支持されるのは製品が評価されているからで、ショットの製品をそのままモリテックスの商圏で扱っても思うようには売れません。そのため、モリテックスの収益は悪化していました。
さらに、ショット本体でも事業戦略の見直しが行われてメイン事業にフォーカスする方針に変わったことで、モリテックスの売却が検討されるようになりました」
―― トラスター・キャピタル・パートナーズ・ジャパンは2015年にショットが保有していたモリテックスの全株式を取得した後、2016年に追加で
TOB を実施して
完全子会社 とし、その後非公開化しています。投資を決めた要因は何だったのでしょうか。
伊藤 「当時のモリテックスは東証1部上場企業でしたが、継続企業の前提に注記が付いているような財務状況で、投資対象としては非常に厳しい状態でした。そうした中で私たちはモリテックスの技術力に着目して接触したのです。そこで、技術者のレベルが非常に高い典型的な日本の製造業であることと、資本や経営の問題で潜在能力を十分に発揮できていないことがわかりました。
また、モリテックスの製品が使われるマシンビジョンは多くの産業にとって不可欠であり、かつ、大きな成長余地がありました。工場の自動化はもちろんですが、AIやIoTの発展に伴い映像センサーにも高い機能が求められていくことが予想できたので、モリテックスの事業が社会に対する重要なソリューションの提供につながる可能性を感じたのです。
当社はこれまでの投資先の約半数が製造業で、一般的なPEファンドよりも製造業に対する造詣が深く、技術や市場を見極める力があると自負しています。さらに、当社の設立に関わったCITICグループは中国有数のコングロマリットであり、そのネットワークを生かした海外展開のサポートを得意としています。私たちが提供できる価値とモリテックスが抱える課題が一致したことで、投資を決めました」