ホンダとの経営統合協議を打ち切った日産自動車が今後、どう生き残っていくのか、従業員や取引先企業に不安を投げかけている。ホンダが子会社化を打診し、日産の経営陣が反発したのが破談の主因とみられ、現実の経営状況に照らし合わせて、ホンダの提案を真摯に検討した様子はうかがえない。
少数株主の立場から見ると、冷静な対処を求めて社外取締役らが動かなかった点も合点がいかない。
早かったホンダの決断
ホンダと日産自動車が経営統合に向けての協議に入ると発表したのは2024年12月23日のことなので、協議の打ち切りが決まるまで1カ月半しか経っていない。当初案にあった共同持株会社方式よりも、日産がホンダの子会社になったほうが統合効果は出やすいが、各種報道にある通り、日産の経営陣のプライドが許さなかったのであろう。
日産がトヨタ自動車と並び称される大手自動車メーカーだったのは、遠い昔のことになった。歴史的なデータを振り返ると、図表1が示すように、1982年度の売上高は日産が4兆708億円、トヨタが3兆8495億円と日産のほうが上だった。経常利益も1981年度には日産が2285億円と、トヨタの2275億円をわずかに上回っていた。
■ 筆者履歴

前田 昌孝(まえだ・まさたか)
1957年生まれ。79年東京大学教養学部教養学科卒、日本経済新聞社入社。産業部、神戸支社を経て84年に証券部に配属。97年から証券市場を担当する編集委員。この間、米国ワシントン支局記者(91~94年)、日本経済研究センター主任研究員(2010~13年)なども務めた。日経編集委員時代には日経電子版のコラム「マーケット反射鏡」を毎週執筆したほか、日経ヴェリタスにも定期コラムを掲載。22年1月退職後、合同会社マーケットエッセンシャルを設立し、週刊のニュースレター「今週のマーケットエッセンシャル」や月刊の電子書籍「月刊マーケットエッセンシャル」を発行している。ほかに、『企業会計』(中央経済社)や『月刊資本市場』(資本市場研究会)に定期寄稿。