[視点]

2009年8月号 178号

(2009/07/15)

株式の買取・取得価格決定の意義と課題

東京大学社会科学研究所 准教授 田中亘
  • A,B,EXコース
相次ぐ事件と裁判所の機能

近年、反対株主の株式買取請求あるいは全部取得条項付種類株式の全部取少数派株主の締め出しやMBOのような、利益相反の存在のために一般株主の不利益に取引条件が決定されるおそれの強い取引類型が含まれている(東京高決平成20・9・12金判1301号28頁抗告棄却・最決平成21・5・29判例集未登載、レックス・ホールディングス事件、東京地決平成20・3・14判時2001号11頁カネボウ事件
こうした取引類型では、買取・取得価格の決定は、少数派株主に「公正な価格」による救済を与えるという意義を有する。また、「公正な価格」の決定に際して、裁判所が、一連の取引の経緯(取引条件の決定が対等当事者間の交渉を経て行われたと評価できるか、株主に十分な情報開示が行われているか、「強圧性」を有するような取引手法ないし情報開示が行われていないか、等)や裁判の審理過程(価格決定に必要な情報を会社が提供したか、等)を斟酌することを通じ、将来同種の取引がより公正に行われるように促すという機能も期待できる。
しかし他方において、買取・取得価格の決定は、上記のような取引類型に限らず、相互に独立した会社間の組織再編を含む広い取引類型についても行われうる。わが国の会社法は、母法である米国の州会社法と比較しても、反対株主が株式買取請求権を行使できる場面が広い。たとえば、簡易分割を除く簡易の組織再編に対しても同請求権を行使できるし(会社法797条2項2号参照)、上場株式については同請求権を行使できる場面を限定するルール(デラウェア州一般事業会社法262条(b)等)も存在しない。また、会社法により、基準日後(総会前)に株主となった者も「反対株主」になるものとされたため(会社法785条2項1号ロ等参照)、組織再編の計画公表後に同請求権の行使目当てに株式を取得するという戦術がより広く行いうることになった。さらに、同請求権の行使は、組織再編の効力発生日の前日まで可能となった(同法785条5項等)。これらの規定が相まって、会社法下の株主は、相当広い取引類型について、当該取引自体には反対でなくても、とりあえず総会で反対しておき(総会で議決権を行使できない場合や総会自体が開かれない場合は、反対することも不要)、その後の株価の動きを見ながら株式買取請求をするかどうか決めるという、会社ひいては他の株主のリスクによる投機をする余地が生じている。そのため、買取・取得価格の決定においては、裁判所は、こうした制度の弊害面にも対処することが求められているわけである。

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