[M&A戦略と法務]

2020年7月号 309号

(2020/06/15)

非上場企業のM&Aにおける実務上の留意点

葉玉 匡美(TMI総合法律事務所 パートナー 弁護士)
  • A,B,EXコース
1 はじめに

 世の中には、規模や業績が上場企業を凌ぐ非上場企業や、小規模であるが優れた技術で上場企業の事業に必要不可欠な貢献をしている非上場企業が多数存在する。こうした優良な非上場企業は、資金繰りや事業内容に何の問題もなくても、オーナー経営者の老齢化や死亡に伴う事業承継がきっかけで急速に経営に問題を抱えることがある。そのため、会社、株主、従業員、取引先の共通の利益のために、親族や第三者による非上場企業のM&Aが企図されることも多い。

 非上場企業は、経営者の個人的色彩が強く、また、株式に譲渡制限が付されているのが通常であるから、非上場企業のM&Aには経営者及び多数派株主(オーナー)の賛同が必要であることは言うまでもないが、非上場企業は、所有と経営の分離や内部統制システムが不十分であることが多い上、同族会社の行為計算否認リスク等の税務リスク、相続紛争リスク等もある。

 そこで、本稿では、非上場企業のM&Aにおけるスキームの構築、対価の決定及び相続人その他少数株主等の取り扱いについて、当職の経験を踏まえて実務上の留意点を解説する。


2 代表的な買収スキーム

(1)株式譲渡・事業譲渡・現金対価吸収分割

 非上場企業のM&Aスキームとしては、株式譲渡や事業譲渡が一般的である。

 株式譲渡は①対象会社の財産や契約関係に変動が生じないため、譲渡手続きが容易である、②対象会社の損益に影響を与えず、通常、譲渡に伴う法人税負担は生じない、③株主が個人の場合、譲渡所得の税率が20%と低率である、④消費税がかからない等のメリットがあるから、多くのM&Aで株式譲渡の方法が採用されている。もっとも、株式譲渡は、買い手にとって対象会社のリスクを丸ごと引き受ける方法であることから、デューデリジェンスや表明保証等は特に慎重に行う必要がある。

 他方、事業譲渡は、買い手が対象会社保有の個別財産や契約関係を選別して取得することができるから、対象会社の潜在債務や不良資産等のリスクを排斥したり、従業員の引受範囲を絞り込みたい場合等には有用である。経営に不透明性がある非上場企業の買収においては、対象会社全体のリスクを背負う株式譲渡よりも、優良財産のみを対象とする事業譲渡の方が買い手にとって望ましい場合もあろう。また、売り手側にとっても、対象会社に多額の繰越欠損金がある場合には、事業譲渡して対価を受け取る方が全体の税負担が軽くなって手取額が増える場合もある。

 事業譲渡とよく似た方法として、対象会社が必要事業を吸収分割により買い手会社に承継させ、対価を現金で受領するという方法もある(現金対価吸収分割)。現金対価吸収分割は、事業譲渡とほぼ同様の効果を生じさせるが、①取引先の同意なく、買い手会社に取引を承継させることができる(ただし、取引先との契約に吸収分割等を理由とする解除権が規定されている場合があるので注意を要する)、②労働者の同意なく、買い手に労働契約を承継させることができる、③消費税が課されない、④不動産取得税の軽減が受けられる場合がある等の特徴がある。

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