[書評]

2015年12月号 254号

(2015/11/17)

今月の一冊 『グローバリゼーションと会計・監査』

 猪熊 浩子 著/同文舘出版 /3200円(本体)

今月の一冊 『グローバリゼーションと会計・監査』猪熊浩子著/同文舘出版 /3200円(本体)  日本でも日本の会計基準(GAAP)と国際会計基準(IFRS)との差異が縮小し、さらにIFRSの任意適用が拡大している。やがて強制適用についての判断も迫られる。こうして会計基準や会計制度のグローバル化が進むと、会計の周辺にある既存の国内制度との間で摩擦や対立といった不整合が生じ、その調整が必要になってくる。日本が近い将来、必ず直面する課題である。本書はその問題にいち早く取り組んだ野心作である。

  日本には良いお手本がある。EUでは2005年にIFRSを導入している。各国は会計基準の国際標準化(グローバル化)と既存の国内制度との不整合の問題に直面し、いかに整合させるかの試みをしてきた。著者は英、仏、独の3国のやり方を考察している。

  一番大きな不整合は税制との間で生ずる。税制は会計基準との結びつきが強く、財務会計上の利益計算が課税所得計算の根拠となっている。国家の課税主権や財政とも関係している。しかも、税務会計の基本理念はIFRSとは根本的に違っている。税務会計では「費用・収益アプローチ」をとり、実現主義に立つ。これに対し、IFRSでは資産・負債アプローチをとり、資産の公正価値の変動(未実現利益)を利益として認識する。

  このためフランスは次のようなやり方を採った。IFRSの強制適用は上場企業の連結財務諸表に限定した。自国の会計基準(GAAP)を維持し、所得課税計算はGAAPによるとしている。ドイツもほぼ同じやり方だ。いずれもIFRSは課税所得計算には影響を与えなくなっている。

  不整合は、会社法の配当可能利益との間でも生ずる。上記のようなIFRSの利益観は、各国の伝統的な会社法会計の利益観と相容れない。特に債権者保護の観点からは、未実現利益を配当に回すことへの抵抗は大きいのだ。

  このためフランスでは、分配可能利益(配当可能利益)の計算はGAAPで作成される個別財務諸表によって行うことにしている。一方、連結財務諸表だけでなく、個別財務諸表にもIFRSを選択適用した英国では、会社法で実現テストなどの考え方が導入された。このテストは、その利益が実現しているかどうかということを、分配可能かどうかの指標とするものだ。EU各国の中では、IFRSを比較的広く適用している英国も、IFRSをベースにしながら、「実現」の概念で制約を加え、会社法会計と財務会計の調和を図っている。

  では、日本はこうした問題に将来どう対応すれば良いのか。著者はEUでの考察を基に次のように方向性を示す。

  まず、税制面で生ずる不整合に対しては、フランスやドイツのように連結財務諸表と個別財務諸表を切り離し、個別財務諸表には日本の会計基準を維持し、課税計算は個別決算により行うことが適切であるとする。ただ、IFRSとのコンバージェンスが進む結果、日本の会計基準に中にIFRSの考え方が取り込まれてくることは避けられない。従って、問題によっては税務会計の側で適用除外をするなどの措置が必要になるとしている。

  また、配当可能利益についても連結財務諸表と個別財務諸表を切り離し、連結財務諸表にのみIFRSを適用し、日本基準が適用される個別財務諸表に基づいて配当可能利益を計算すれば不整合の問題は避けられるとしている。

  著者は本書での考察に当たり、会計の目的との関係から制度会計の姿を捉え直したという。よくいわれるように、会計制度には情報利用者に意思決定に有用な情報を提供するという目的(情報提供機能)とステークホルダーの利害調整のために会計情報を用いるという目的(利害調整機能)の二つがある。

  IFRSは、国境をまたいで企業活動をしている大企業の会計情報を世界の投資家に提供すること(情報提供機能)を重視してつくられている。最近は、こうした情報提供機能に注目が集まるが、著者は利害調整機能の役割も見過ごせないという。課税計算では国と企業の間の利害調整が問題となり、配当可能利益計算では株主と企業の間の利害調整が問題となる。会計のグローバル化を巡る論点についても、会計の利害調整機能の側面から考察する必要があるとしている。

  最後に、世界の中でIFRSの導入が進み、残る大国は日本と米国のみになった。日本の状況をどうみれば良いのか。

  著者はIFRS全面導入でもなければ、全面排除でもなく、国際標準化(グローバル化)と国内基準(ローカル)とのバランスがとれた中庸の会計政策がとられていて、これこそがグローバリゼーションの時代における国がとる現実的な対応と評価している。


(川端久雄〈マール編集委員、日本記者クラブ会員〉)

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