[対談・座談会]

2023年12月号 350号

(2023/11/10)

[座談会] 市場構造改革と資本市場への「ロジカルな発信」

~2023年度版企業法制をめぐる諸論点~

【出席者】(五十音順)
江夏 あかね(野村資本市場研究所 野村サステナビリティ研究センター長)
梶 昌隆(味の素 グローバル財務部 IRグループ長)
佐藤 淑子(日本IR協議会 専務理事)
武井 一浩(西村あさひ法律事務所・外国法共同事業 パートナー 弁護士)(司会・進行)
安井 桂大(西村あさひ法律事務所・外国法共同事業 パートナー 弁護士)
  • A,B,EXコース
上段左から江夏 あかね氏、武井 一浩氏、佐藤 淑子氏、安井 桂大氏、梶 昌隆氏

上段左から江夏 あかね氏、武井 一浩氏、佐藤 淑子氏、安井 桂大氏、梶 昌隆氏

<目次>
  1. 一 市場構造改革等を踏まえて高まる資本市場へのロジカルな発信の重要性
  2. 二 ロジカルな発信とは何か
    • 費用から投資へ
    • フォアキャスティング型/バックキャスティング型
  3. 三 上場企業を取り巻く非財務情報開示(+サステナビリティ開示)の制度的動向
    • 対外訴求ができていない“もったいない状態”
    • ESG投資の潮流の定着
    • インパクト投資
    • 有報等の開示強化
    • 非財務情報開示の国際基準
    • マテリアリティの考え方
    • EUのCSRDのインパクト
    • SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)
    • 因果パスを示す
    • 急速に進むグローバル制度に追われる日本の上場会社
    • 求められる企業集団内での情報収集体制
    • ダブルマテリアリティの欧州型に対応できるのか
  4. 四 サステナファイナンス/ESG投資/インパクト投資の現場
    • サステナファイナンスは黎明期から本格化の時期へ突入
    • 脱炭素をめぐる金融市場側のグローバルな動向
    • WASH規制等を踏まえたアセットマネジャーに対する規制監督強化とインパクト等の適切な開示
    • ① 企業価値向上のツールとしての位置づけ+②情報の質の確保+③インパクトの創出・算定
    • 投資判断におけるインパクトの意義・活用
    • 上場企業側の先端的な取り組み事例
    • 可視化をめぐる今後の論点
  5. 五 「ロジカルな発信」とは何か~総論/実践的整理
    • ①経営トップの自分ごととしての発信と②ステークホルダーとの対話を踏まえたブラッシュアップ
    • 経営トップの「自分ごととしての発信」を行うためのポイント
    • 非財務と財務との融合
    • ステークホルダーとの対話を通じた経営のブラッシュアップ
    • 「多くの機関投資家が重要視している点が何か」を踏まえたロジック
    • 上場企業側が感じている諸課題
    • 現場のリソース不足を上場企業の経営側は解消すべき
    • 単なる情報発信でなく企業価値向上と結びつけた自社に意義のある発信を行うこと
  6. 六 「ロジカルな発信」とは何か~各論/ベスプラ
    • グローバル経営を踏まえた『ASV』(Ajinomoto Group Creating Shared Value)
    • 2017年~2019年の株価下落を踏まえROIC重視型の構造改革を実践
    • 成長に向けたギアをさらに上げるための「サステナビリティに関するマテリアリティの再整理」
    • 「3年間積み上げ型の中期計画」を廃止
    • 社会価値を企業価値創造につなげるプロセスと投資家との対話
    • さまざまな人財がグローバルで活躍している様子を動画で配信
    • 取締役会の動画をIR DAYに発信する日本初の試み
    • 人財・無形資産に関する発信
    • 従業員持株会の奨励金として単元株を交付
    • 知財価値に関する訴求
    • 単なる従業員満足度ではない従業員エンゲージメントスコア
    • 投資家・アナリストが分析できるようセグメントごとのKPIも示す
    • サステナビリティ訴求における工夫
    • リスキリングによる社内のIRリソースの確保
    • 投資家側の精緻なターゲティング
    • 経営陣・取締役会にはきちんとインプリケーションを伝える
    • 従業員を巻き込んだ発信
    • ロジカルな発信は熱量を伴う
    • 創意工夫が求められるターゲティング
    • ロジカルな発信が実践されるために上場企業側に求められること
    • リソース不足を補うリスキリングの実践
    • 歴史と伝統がある企業でイノベイティブな取り組みを行うために
    • ロジカル発信には経営トップのコミットメントが重要
一 市場構造改革等を踏まえて高まる資本市場へのロジカルな発信の重要性

武井 「毎年、上場会社の経営等に影響がある企業法制の振り返りをしておりますが、2023年は非財務情報開示のたてつけの整備・強化がさらに進展したこと、市場構造改革のフォローアップなどがございました。こうした中、上場会社の資本市場に対するロジカルな発信の重要性が高まった1年であったとも考えられます。

 IR(Investor Relations)やSR(Shareholder Relations)の現場において、非財務情報に対する関心が高まっています。その背景にはサステナビリティに関する様々な問題意識があり、多くの日本企業が『資本市場にどう向き合うべきか』により一層関心を高めています。また東京証券取引所から公表されました市場構造改革のフォローアップを経て、資本効率性やPBRに対する関心が高まっています。また現時点では、資産運用立国の確立に向けた諸政策も議論が始まっております。

 そこで、日本経済の成長、上場会社の成長を訴求するためにはどういった点がポイントになるのか。今日は有識者の皆さまにお集まりいただいて、それぞれの専門的見地からお話いただき、議論できればと思っています。よろしくお願いいたします。

 本日のご登壇者ですが、日本IR協議会専務理事の佐藤淑子様、味の素グローバル財務部IRグループ長の梶昌隆様、野村市場研究所野村サステナビリティ研究センター長の江夏あかね様、私の同僚の安井桂大弁護士、そして司会は私、弁護士の武井一浩が務めさせていただきます。なおそれぞれのご発言は個人としてのご見解であり、属する組織・会社等を代表したものではないことは最初に留保させていただけましたらと思います。よろしくお願いいたします。ではまず、自己紹介をしていただいてよろしいでしょうか。日本における『IRの母』でもいらっしゃる(笑)、佐藤様からお願いできますでしょうか」

佐藤 「日本IR協議会の佐藤淑子と申します。大きく3つの事業をやっていまして、私はその統括をしています。1つ目はIRの担当者・責任者の皆さま向けの研修活動、2つ目はIR優良企業賞の審査とフィードバック、3つ目はそういった活動を包含するような情報発信です。1993年に日本IR協会が設立されたころから携わっています。よろしくお願いいたします」

武井 「ありがとうございます。続きまして梶さん、お願いできますでしょうか」

 「皆さま、はじめまして、味の素のIRを担当しております梶と申します。私は味の素に入社して10年、その前の20年間はバイサイドのアナリストなどをしていました。いわゆる投資家サイドでしたので、IRはまだ3年ですが、投資家サイドから上場企業を見る面と、上場企業の中に入り込んで経営企画やM&Aもやってきた経験がありますので、そういったところから見て『何を、どう発信したら皆さまが企業価値評価をする上で参考にしていただけるのか』について力を入れて取り組んでいます。よろしくお願いいたします」

武井 「よろしくお願いいたします。では、江夏さん、お願いいたします」

江夏 「野村資本市場研究所の江夏と申します。私は武井先生の英国の大学院の後輩でして、長年にわたりまして温かいご指導をいただいております。私は長らく証券会社でセルサイドのクレジットアナリストを務めた後、10年ほど前に現職の研究所に移り、金融資本市場に関する研究をしています。とりわけここ数年に関しては、サステナビリティ関連に焦点を当て、グリーンボンド、トランジションボンド、インパクトファイナンス等のサステナブルファイナンス、非財務情報開示など幅広い分野を研究対象としています。本日は、どうぞよろしくお願いいたします」

武井 「よろしくお願いいたします。では安井先生、お願いできますでしょうか」

安井 「西村あさひ法律事務所の安井と申します。企業のコーポレートガバナンスですとか、サステナビリティ対応などを含めた、コーポレート関連の業務に携わっています。本日のテーマとの関係では、金融庁の企業開示課でディスクロージャー・ルールやガバナンスコードの改訂を担当していた経験があり、また、そのあと、大手の資産運用会社であるフィデリティの日本拠点で、投資先企業とお話をしたり、ESG投資のチームにも参加していた経験がありますので、そのあたりも踏まえてお話させていただければと思っています。よろしくお願いいたします」

武井 「よろしくお願いいたします」

二 ロジカルな発信とは何か

武井 一浩(たけい・かずひろ)

武井 一浩(たけい・かずひろ)

西村あさひ法律事務所・外国法共同事業 弁護士(パートナー) 1989年東京大学法学部卒、96年米国Harvard大学ロースクール(LL.M)卒、97年英国Oxford大学経営学修士修了(MBA)。91年弁護士登録、97年米国NY州弁護士登録。
主な著書(共著を含む)として、「コーポレートガバナンス改革と上場会社法制のグランドデザイン」「サステナビリティ委員会の実務」(商事法務)、「コーポレートガバナンス・コードの実践[第三版]」(日経BP)、「株主総会デジタル化の実務」(中央経済)など。

武井 「ではまず私のほうから頭出し的なお話をいたします。先ほども少し申し上げましたが、上場会社の多くが将来の成長性の訴求においていろいろな発信の工夫といいましょうか、ロジカルな発信といいましょうか、投資家向けに限らないかもしれませんが、読み手を意識した発信を考えていかなければならなくなっています。ロジカルな発信というのは簡単なことではなくいろいろな試行錯誤があるわけですが、その点にきちんと向き合っていかないことにはエクイティガバナンスにも適合しませんし、外への説明責任も果たせないのではないかと思われます。

 『ロジカル』というのは、実務現場ではいろいろ難しい点が多々あると思います。そういった点に関して、ぜひ皆さんのご知見とご意見をいただきまして、いろいろなヒント、助け、ベストプラクティスにしていければと思っています。

 最初に私のほうからは、今日の議論の出発点的に、いろいろな確度からご指摘がございますので、中には私個人の意見も混じって参りますが、いくつかご紹介いたします。まず、これは有名ですが、第1が国際統合報告フレームワークです。『資本』を財務資本、製造資本、知的資本、人的資本、社会・関係資本(ステークホルダーとの関係性等)、自然資本に切り分けられた上で、企業の事業活動のアウトプットによって資本が増加・減少・変換の形で現れますと。ビジネスモデルにおいて、これらの資本はインプットとして利用され、事業活動を通してアウトプット(製品、サービス、副産物、廃棄物等)に変換され、企業の事業活動とアウトプットは、資本への影響(アウトカム)をもたらすというオクトパスモデルですが、これは実務現場で相当定着しています。投資家は横比較や相対比較をすることが多い中で、固まったフレームワークで示したほうがわかりやすいということもあります。

 第2に、より定性的な説明となりますが、資本コストを上回る投資戦略と資本戦略、『資本の効率性』とも言い換えられますが、それがあって、VUCA(ボラティリティが高く、不確実性の高い)、SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)の時代に求められる経営戦略の転換とそれを支える競争優位性があるのか。経営資源である『ヒトモノカネ』それらについて訴求すべきである。なおヒトに関しては今まで訴求も弱かったのですが、最近は人的資本という形でいろいろ議論が進んでいます。

 なおSXとは、昨年の伊藤レポート3.0で提示された、社会のサステナビリティと企業のサステナビリティの同期化を戦略的に行い、そのために必要な経営・事業改革です。同期化とは、社会の持続可能性に資する長期的な価値提供を行うことを通じて社会の持続可能性の向上を図るとともに、自社の長期的かつ持続的に成長原資を生み出す力(稼ぐ力)の向上とさらなる価値向上へとつなげることです」

費用から投資へ

武井 「第3に、企業会計の数値への過度な依存からの脱却といいましょうか、企業会計の数字は、重要な数字ではあるのですが、将来を訴求しきれているわけではないと。純資産は『過去』を示しているのであって、非財務価値は『将来』への期待、そういう形で非財務情報は長期投資、中長期投資を招き入れるためのforward lookingな情報でなければならない。デッドガバナンスの慣例が強い中で、過去の実績をルールに則って正確に報告する企業会計の世界から、エクイティガバナンスの世界は、「将来への投資」(BSの右側を投資にどう振り向けるか)をロジック/ストーリー性(確からしさ)をもって行うことが大事となります。

 その上で、『進むべき方向性』を企業が示し、その上でその『シナリオ分析』(正しい分析でもリスクのない分析でもなく、前提条件が変わったときのタイムリーなモニタリング)を示しつつ、他企業との相対比較を経た上での競争優位性を示すこと。過去の高実績も、それがどう持続・維持されるのかに関するドライバーが示せることで、投資家の成功の確度に対する懐疑的な評価の見直しができることになります。

 2023年7月にバージョン2.0が公表されました内閣府の知財・無形資産ガバナンスガイドラインでも、①将来(to be)と現状(as is)を踏まえた価値創造ストーリー、成長ストーリーを示すこと、②①を獲得する足がかりとなる差別化要因(顧客基盤、技術基盤、ビジネスモデル等)を明示すること(ロジックに基づいた『因果パス』を示すこと)、③ROIC等のKPIを因数分解して取り組みの進捗度を機能・部門ごとに測定する『ROIC等逆ツリー』を示すことなどが述べられています」

フォアキャスティング型/バックキャスティング型

武井 「第4が、フォアキャスティング型、バックキャスティング型という表現です(注1)。どうしても企業経営の現場では過去から現在の延長で考えて取り組むべき課題を設定する思考回路となります。そうなると、フォアキャスティング型にならざるを得ない部分もあるのですが、短期間の損益を優先したPL型の思考になってしまい、具体的には年度の利益の範囲内で必要な投資を考えて、利益が計画通りにいっていなければ、一般経費だけでなく、中長期に必要な投資額まで減らしてしまうという短期志向に陥る懸念があり、ときどきの経営環境が異なるだけに場当たり的にもなりかねないと。そうではなくバックキャスティング的に、中長期的な志向で経営や事業のあるべき姿(10年後等にどういう企業でありたいのか、それをまずデザインした上で、企業価値を高めるために『今』何をすべきかを考えるバックキャスティング型の経営思考に転換する必要がある。今後3~5年くらいのキャッシュフローを見極めた上で、イノベーション創出や経営進化に必要な投資テーマと金額を定める)へ転換すべきであると。

 第5ですが、こちらは今日ご登壇の佐藤さんがIR協議会の会報でご紹介されていました整理です(注2)。①サステナビリティを含む中長期のゴールについて社内で議論する(中長期のゴールがないと進路も描けない)。②その上で中計や統合報告書等で目指す姿を表明する。③企業価値向上と社会のサステナビリティ実現のための自社の重要領域を確定する。④中長期の経営戦略を策定し説明する。⑤ステークホルダーの立場を考えた経営指標を活用し、簡潔でわかりやすい目標を設定する、つまりKPIを設定するということです。そして、⑥目標をステークホルダー間でも共有し、社内ではサステナビリティ委員会やタウンミーティング等の形で議論し浸透させる。⑦中長期的視点を持って次世代に引き継ぐことが重要であると。

 上記のようにいろいろな角度・切り口から、いろいろなわかりやすいご説明がございます。多くの上場会社が自社内のものを示すことに関していろいろな形で試行錯誤されている中で、最近のサステナビリティ・イシューに端を発した非財務情報の開示・説明強化を踏まえてロジカルな発信をどう考えるのか。そういったことに関して議論を進めていければと思います」

三 上場企業を取り巻く非財務情報開示(+サステナビリティ開示)の制度的動向

武井 「では次に制度面の話について、簡単にご紹介をしておければと思います。皆様もご案内の通り、近時、いろいろなことが一斉に起きています。そこで最初に議論・頭の整理として、安井先生のほうから最近の動向を紹介していただきます。安井先生、よろしくお願いします」

安井 「はい、それでは、本日の議論の導入として、サステナビリティや非財務情報開示をめぐる近時の動向について、制度的な観点を中心にご説明させていただきます」

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    [対談・座談会] 2022年11月10日(木) コーポレート・ガバナンス M&A制度 ESG

    【出席者】(五十音順)
    井口 譲二(ニッセイアセットマネジメント 執行役員チーフ・コーポレート・ガバナンス・オフィサー)
    島津 裕紀(経済産業省 経済産業政策局 産業人材課長)
    髙倉 千春(ロート製薬 取締役 CHRO)

    長宗 豊和(経済産業省 経済産業政策局企業会計室長/内閣官房 企画官)

    武井 一浩(西村あさひ法律事務所 パートナー弁護士)(司会・進行)
    安井 桂大(西村あさひ法律事務所 パートナー 弁護士)

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