[マールインタビュー]

2023年10月号 348号

(2023/09/05)

デジタルハーツHDが子会社AGESTをスピンオフ上場する理由

―― 別事業を明確に分離し、経営の独立性を確保

二宮 康真(デジタルハーツホールディングス 代表取締役社長 CEO)
  • A,B,EXコース
※本記事は、M&A専門誌マール 2023年10月号 通巻348号(2023/9/15発売予定)の記事です。速報性を重視し、先行リリースしました。
二宮 康真(にのみや・やすまさ)

二宮 康真(にのみや・やすまさ)

1972年生まれ。1995年に大阪有線放送社(現 USEN-NEXT HOLDINGS)に入社。一貫して営業に従事した後、ブロードバンド事業の立ち上げを担当。2010年にU-NEXT(現 USEN-NEXT HOLDINGS)の取締役に就任、営業・マーケティングの統括責任者を務め、同社のマザーズ・一部上場に貢献。その後、ヤマダデンキとのMVNO事業に関する合弁会社Y.U-mobileを設立し同社代表取締役社長を兼務。2017年にハーツユナイテッドグループ(現 デジタルハーツホールディングス)及びデジタルハーツに入社。2021年にデジタルハーツホールディングスの代表取締役社長CEOに就任。現在、子会社であるAGESTの代表取締役社長を兼任。

ゲーム不具合検証事業(エンターテインメント事業)とソフトウェアテスト事業(エンタープライズ事業)の2つの事業を柱とするデジタルハーツホールディングス(東京都新宿区)は5月11日、業績好調で今後も大きな成長が見込めるエンタープライズ事業を担う子会社のAGEST(アジェスト)がスピンオフ上場の準備に入ると発表した。デジタルハーツHDの事業内容とM&Aについての考え方、そして今回のスピンオフ実施の狙いについて聞いた(編集部)
事業の概要と経緯

―― デジタルハーツHDはどのような会社ですか。

「現在、エンターテインメント事業とエンタープライズ事業の2つの事業を運営しています。前者のエンターテインメント事業はゲームの領域、2017年から参入したエンタープライズ事業は主にソフトウェアの不具合を検査する事業を対象としています。

 エンターテインメント事業ですが、創業時の2001年当初は、PlayStation、Xboxといったコンソールゲーム(家庭用ゲーム)のゲームソフトの不具合を検出するデバッグが主要業務でしたが、2012年頃から事業対象を広げ、かつスマホの普及でモバイルゲーム市場が拡大するにつれて売上高も伸び、2008年にマザーズに上場、その後2011年に東証一部に上場しました。その後、例えばゲーム情報サイト4Gamer.netの運営、ゲームの翻訳やローカライズ/カルチャライズにも取り組み、グローバルに展開するためのゲーム事業のサポートも行うようになりました。現在では、ゲーム開発をワンストップでサポートできる体制が整っています。

 エンタープライズ事業は2017年に第二創業として事業を開始し、急ピッチで伸びている事業です。具体的には、アプリのシャットダウンやスマホのソフトウェアの不具合を検出、その品質向上を図るサービスです。詳細は後述しますが、急成長しており、当該事業を行っている子会社のAGESTをスピンオフ上場させると発表しました」

―― ゲーム事業に加えてソフトウェアテストの事業を開始することにした背景や理由を教えて下さい。

「2010年代後半にかけて、国内のゲーム産業の成長は徐々に鈍化するだろうと予測していました。そこで、これまでに培ってきたゲームデバッグのノウハウにIT技術を加え、営業力を強化しながら、ゲーム以外のソフトウェアテストの事業領域に新規参入することにしました。

 当時の経営陣は、経営体制や執行体制を一新しなければ、新たな取り組みは難しいと判断しました。当社の創業者である宮澤栄一(当時社長)が取締役会長となり、ローソン(当時)の玉塚元一氏が代表取締役社長として招聘されました。私もエンタープライズ部門立ち上げのため、同時期に入社しています。新規事業の立ち上げには社外人材を迎え入れる必要があり、経営体制を一新したということです。

 こうした経営判断や経営陣の入れ替えが功を奏し、直近期の売上365億円のうち、54.1%が創業時のエンターテイメント事業、エンタープライズ事業は45.9%を占めるまでに成長しています」

【図表1】 成長著しい2つの事業を持つ
ゲーム向けサービスを提供するエンターテインメント事業と
ゲーム以外のソフトウェア向けサービスを提供するエンタープライズ事業
QAソリューション 国内デバッグ
  • Webシステムや業務システムの検証
  • テスト自動化支援
  • セキュリティテスト
  • ERP導入支援
  • システムの受託開
2023年3月期連結売上高
  • コンソールゲーム/モバイルゲームの検証
ITサービス及びその他グローバル及びその他
  • エンジニア派遣(SES)
  • 保守・運用支援
  • セキュリティ監視
2023年3月期連結売上高
  • ゲームの翻訳・LQA*、マーケティング支援等を行うグローバルサービス
  • ゲーム開発支援等を行うクリエイティブサービス
  • 総合ゲーム情報サイトの運営等を行うメディアサービス
*LQA…Linguistic Quality Assuranceの略であり、翻訳されたテキストや構成の品質を確認すること

(出所)デジタルハーツHD(以下同じ)

国内のソフトウェアテスト市場は約16兆円規模

―― ソフトウェアテストの市場規模や将来的な市場規模をどう捉えていますか。

「当社では、国内市場規模は約1000億円程度あると推計しています。

 現在、国内のソフトウェア開発市場は約16兆円規模と推計されます。そのうちテスト工程は全体の3~4割の5~6兆円程度を占めます。大企業では日々ソフトウェアの開発が行われていますが、システムの不具合や障害が生じたタイミングでテストをする必要性が認識されるというケースもまだ多く、テスト業務がアウトソースされる割合はまだ少ないです。

 例えば、決済時にPayPayなどのQRコード決済を使用したり、IoT機器ではセンサー製造企業と連携するなど、テストが必要なソフトウェアの範囲も広がり、先進的なテスト手法も用いられるようになってきています。他方、各企業は人手不足が深刻で、ソフトに不具合がないかどうか外部に確認する作業を依頼せざるを得ない状況です。IT企業側の労働力の不足、技術の複雑化も大きな課題です。

 当社はソフトウェアテストの最先端技術を持つ企業を目指しており、そのために関連する教育機関や研究機関も設立しています。事業会社と直接のネットワークがある点も、他社にはない強みです」

最先端事業でM&Aを推進

―― M&A戦略についての基本的な考え方を教えて下さい。

「デジタル化が著しいエンタープライズ事業を中心に、M&Aをさらに強化する予定です。候補となるターゲットは最先端の品質技術を保有する企業、優れた人材を持つ企業です。具体的には、今後の数年間で数十億から100億円規模のM&Aを実施する計画を持っています。

 エンタープライズ事業のM&Aの基本方針は、ROICで15%以上のリターンが期待できる企業、自力で成長可能な単独で利益を出している企業、そしてAGESTとの事業とのシナジーといった観点から選定します(図表2)。M&Aの対象になる企業の売上規模は、大体5億円~30億円、年間で2~3件のクロージングが目標です。 ただし、今後の資金調達や事業展開に伴い、より規模の大きな企業もターゲットに含めるかもしれません。

 直近5期はオーガニック成⾧にM&Aによる効果が加わって、エンタープライズ事業の売上高は年率で1.5倍のペースで拡大してきました。スピンオフ上場によりAGESTが上場企業としてブランドが浸透すれば、よりM&Aもし易くなります」

【図表2】エンタープライズ事業のM&A戦略
先端品質技術を有する企業や優秀な人材を抱える企業をターゲットに、
今後、トータル数十億円から100億円規模のM&Aを狙う
M&Aの基本方針1. 厳格なROIC基準の適用により、高い投資効率・収益性を維持
  *ROIC=(EBITDA×(1-実効税率))÷(有利子負債+株主資本)
2. 買収対象は成⾧企業かつ単体利益が黒字の企業
3. 自立成⾧とシナジー効果のバランスの取れたPMI計画
ターゲット企業エンジニア人材の獲得
  • ソフトウェアテスト会社
  • オープン系の開発エンジニアを有する企業
技術力/ノウハウの強化
  • 国内のERP関連企業
  • 先端技術を有する企業
対象企業の規模
売上高:5~30億円
エンジニア数:30~150名
買収価額:最大30億円
実施件数年間2~3件程度のクロージングを想定
M&A推進体制
  • AGESTブランドの強化により、従来以上に高いシナジー案件の獲得を狙う
  • 国内だけでなく海外市場におけるM&Aの検討も強化
  • 人材・技術・M&Aで100億円規模の投資が可能な推進体制を構築
―― ソフトウェアのテスト領域のビジネスには足元、どのような変化が生じつつありますか。

「製品開発は複雑化し、一社だけで完結できないプロダクトが増えています。ソフトウェアの開発はより上流工程でテストをし、設計するという工夫が必要になっています。

 そのため、当社はソフトウェアのテストの専門家が開発フェーズに直接関与し、開発の過程でテストの観点も取り入れてソフトを構築するサービスである「QA for Development」と呼ぶアプローチを提案しています。これは、開発者に直接価値を提供し、開発プロセスの最中から品質を確保することを目指すものです。このサービスには、開発とテストの両方の分野を理解する技術者が必要です。

 企業が自社内で開発を進めたいというニーズが強まり、ソフトウェアの開発は大企業を中心に徐々に内製化が進んでいますが、採用されている人材はプロダクト開発に近い知識を持つ人が主で、テスト専門の人材育成はあまり盛んではありません。アウトソーシングのニーズが今後も拡大すると見ています」

IT分野では定性的な側面の評価も重要

―― M&Aの専門人材育成はどのようにして行っていますか。

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