[書評]

2013年2月特大号 220号

(2013/01/15)

今月の一冊 『通貨戦争 崩壊への最悪シナリオが動き出した!』

 ジェームズ・リカーズ 著、藤井 清美 訳/ 朝日新聞出版/ 2000円(本体)

今月の一冊 『通貨戦争 崩壊への最悪シナリオが動き出した!』 ジェームズ・リカーズ 著、藤井 清美 訳 / 朝日新聞出版 / 2000円(本体)   今、我々は第3次通貨戦争の時代に入っているというのである。このままだと、やがてドルが崩壊し、世界経済は大混乱に陥る危険がある。いくつかある選択肢の中で柔軟な金本位制への復帰を呼びかけている。円高やドル安など国際通貨制度を巡って、今、何が起きているのかがよく理解できる。

   著者によると、第3次通貨戦争は2010年から始まった。主役はドル、ユーロ、人民元だ。中でもドルと人民元の戦いが主戦場だ。宣戦布告したのは米国である。オバマ大統領は2010年の年頭教書で輸出を5年間で倍増させる「国家輸出計画」を発表した。米国で製造業を復活させて、高い失業率を改善するのが目的だ。この時点で、米国はドル安を目指して通貨戦争へまっしぐらに突き進んだというのである。国家の意思として明確になったとして、単なる通貨切り下げ競争でなく、比喩的に通貨戦争といっているのだろう。

   米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)は、その前から金融危機後の不況対策として金融緩和策をとり、金利をゼロにし、さらに通貨供給量の量的緩和策をとっていた。オバマ大統領の発表を受け、さらに量的緩和策を拡大する。1兆ドル規模のマネー増刷はドル安とインフレをグローバル経済に浸透させるため、米国が落とした「政策爆弾」である。

   この結果、中国のインフレは高まった。コストの安い労働力を使って米国など海外にデフレを輸出していた中国が、今度は逆に米国からインフレを輸入する形になる。おかげで、中国の輸出品のコストが上がり、米国の競争力は強化された。米中通貨戦争の第1ラウンドは米国が勝利したが、戦いはまだまだ続く。中国にとって、輸出で営々と貯めこんできた1兆ドル以上の米国債の実質価値が台無しになったら大変だ。今後、どんな対抗措置をとるのか、注目される。

   輸出拡大を図ることを狙った通貨切り下げ競争が行き過ぎて、通貨戦争にまで至った歴史は過去にもあった。貿易相手国に経済的打撃を与え、インフレ、景気後退、報復措置、さらには資源の奪い合い、ときには侵略などに立ち至った。

   第1次通貨戦争は、1921年にドイツから始まった。第1次世界大戦後の巨額賠償金の負担にあえいでいたドイツの中央銀行は、大量の紙幣発行とハイパーインフレーションにより、マルクの価値を破壊し始めた。欧米各国が金本位制からの離脱や通貨下げの競争を展開、米国の大恐慌を経て、1936年に主要国の通貨協定で終結した。

   第2次通貨戦争は、それからほぼ30年後の1967年に英国のポンド切り下げで始まった。その後の展開は、ブレトンウッズ会議で基軸通貨となったドルの切り下げが中心で、71年にドルと金との交換停止などを宣言したニクソン・ショックが起こる。この間、米国の企業は、過大に評価されたドルを使って欧州企業を買収し、欧州での事業拡大を図ったという。73年に国際通貨基金(IMF)がブレトンウッズ体制の終焉を宣言し、第2次通貨戦争は終わった。

   第1次通貨戦争は15年、第2次通貨戦争は20年の長期にわたる。そうすると、まだ始まったばかりの第3次通貨戦争もそう簡単には終わりそうにない。

   ウォール街にいた著者は本書の執筆に先立ち、国防総省が後援した金融戦争シミュレーション・ゲームに招聘され、敵対国やイスラム過激派から予想される金融テロ、経済的奇襲を考える枠組みを提供した。それがヒントになって本書が書かれたと思われるが、第3次通貨戦争の終局で突然襲うドルの崩壊と混沌のシナリオを描いている。

   こうした崩壊を防ぐためには、金と外貨を組み入れた柔軟な金本位制への復帰とIMFが同意しない限り通貨切り下げが行えないようにすることを提唱している。通貨の価値を維持し、物価を安定させ、国内の成長や世界貿易を振興するためには、金など有形物の錨が必要なのだ。底辺へ向かっての馬鹿げた通貨安競争や通貨戦争を不可能にする仕組みができれば、世界の活力と創造力を、技術革新(イノベーション)や生産性向上に向けられる。そうすれば、真の富が創出され、世界経済は成長するというのだ。

   通貨戦争のドラマを読みながら、国際通貨制度の歴史、金本位制の意義と限界、中央銀行の役割、複雑性理論からみた金融システムや資本市場の危うさ、経済学の失敗といった最新の知識も学べる。日本の不況脱却と日銀のあり方を考えるうえでも参考になる。題名は際物的だが、中身は真面目で濃い。
   (川端久雄〈マール編集委員、日本記者クラブ会員〉)

 

バックナンバー

おすすめ記事

アクセスランキング